エルフたちの森へ
「フフフ、どうしました? お目目がまん丸ですよ」
前の時と同じ、どこからともなくいきなり現れたフィーロ様は、クルリと回って俺の顔を覗き込んでくる。
「驚きましたか?」
「お、驚きました」
俺が素直に頷くと、フィーロ様はいたずらが成功したかのように破顔する。
「フフフ、そうでしょう。この為に、今日はずっとコーイチの気配をずっと探っていたのですから」
「俺の気配を?」
そんなこと言われても、俺は誰かに見られているとか、嫌な予感がするとかそういう気配を感じることはなかったけどな。
「それはそうでしょう」
「えっ?」
「コーイチが私の気配を察することですよ。魔法の才がないものに悟られるほど、エルフの力は甘くありませんよ」
「どうして……」
と問いかけようとする俺に、フィーロ様は自分の顔を指差してニンマリと笑う。
「フフフ、いつ見ても本当に雄弁なお顔ですこと」
「あっ……」
またしても見事なまでに表情から考えていることを見抜かれ、思わず頬を押さえる俺を見て、フィーロ様は口元を押さえてコロコロ笑う。
「フフフ、まあ、そんなに絶望的な顔をしないで下さい。そのお蔭で……」
そう言って人差し指を立てたフィーロ様は、俺の腹部を指した後、指をそのままスライドさせて足元へと持っていく。
「コーイチが先の戦いでお腹と、足を怪我したことも知っています」
「そう……ですか」
「ええ、立っているのもお辛いでしょう? 遠慮せず腰を落ち着けて下さいませ」
「あ、ありがとうございます」
確かに立っているだけでも辛いので、俺はありがたく甲板の上に座らせてもらうことにする。
「わふっ」
すると、すかさずロキが俺の背後に周って支えてくれる。
「ありがとう。ロキ」
俺はロキの頭を撫でると、遠慮せず彼女の体に寄りかかってゆっくりと腰を落とす。
「――うくっ!?」
腰を落とした途端に怪我した箇所がジクジクと痛み出し、俺は堪らず顔をしかめる。
「……どれ」
フィーロ様は俺のすぐ横に腰を下ろすと、右手を伸ばしてくる。
「コーイチ、怪我の具合を見ても?」
「えっ? あっ、はい……」
真剣な表情のフィーロ様を見て、俺は俺は靴を脱ぎ、上着をめくってフィーロ様に患部を見せる。
もしかしたら、エルフの魔法で傷を治してくれるのかもしれない。
そう思っていたのだが、
「うわっ……痛そう」
フィーロ様は顔をしかめると、青紫色になっている俺の腹部を突こうと人差し指を伸ばしてくる。
「ね、ねえ……触っていいかしら?」
「触るって……治してくれないのですか?」
「どうして?」
「どうしてって……」
可愛らしく小首を傾げるフィーロ様を見て、俺はあることを察する。
「あの、フィーロ様……」
俺は足の火傷を見て両眼を手で覆いながらも、興味津々といった様子でチラチラと見ているフィーロ様に尋ねる。
「俺の怪我の具合を診て、魔法で治療してくれるんじゃないんですか?」
「何を言っていますの。私にそんなことできるはずないでしょう」
「えっ? じゃあ俺の怪我を見ると言ったのは?」
「ただの興味本位です。人間の大きな怪我というのを見てみたかったからです」
「…………そ、そうですか」
淡い期待は呆気なく打ち砕かれ、俺は落胆したように肩を落とす。
ワープの様に何処からともなく現れたり、精霊を自在に操ったりするのだから、回復魔法もお手の者と思ったのだが、そう簡単にはいかないようだ。
それに考えてみれば、フィーロ様が回復魔法を使えたのなら、シドと出会った時に彼女の怪我を治してくれたはずだ。
どうやらここで怪我を治してもらい、颯爽とターロンさんたちの助けに向かうという淡い夢は、露と消えてしまったようだ。
「…………はぁ」
「むっ、レディの前で溜息を吐くとは失礼な男ですね」
「すみません……ですが正直な話、こうして座っているだけでも辛いんです」
傷口を見せて空気に触れた影響もあるが、負った怪我の内、特に火傷した足の痛みが酷くなってきた。
砂漠では火傷をした足に対して水で冷やすということができないので、応急手当てといっても何やらよくわからない軟膏を塗られたぐらいで、他の怪我人の多さも相まって包帯も巻かれていないのだ。
この怪我は、ピンチに陥った時に他者に頼るということをしなかった完全な自業自得の怪我なのだが、だからといってただの興味本位で見せていいものでない。
「というわけですみませんフィーロ様、用件があるなら手短にお願いできますか?」
「そう……でしたわね。大変失礼いたしました」
俺の表情から遊んでいる場合ではないと察してくれたのか、フィーロ様は真顔になる。
「では手短に……コーイチ、怪我の治療のために我が森に来ませんか?」
フィーロ様は俺の手を取ると、ニコリと優雅に笑ってみせる。
「私は回復魔法は使えませんが、森には優秀な回復魔法の使い手や、霊薬には及びませんが、それなりに優秀な薬もあります」
「……えっ?」
「すぐに全快、とはいきませんが、一晩でそれなりの回復は見込めます……いかがでしょうか?」
「そっ!?」
「コーイチ様?」
「だ、大丈夫です……」
思ってもみなかった提案に、思わず身を乗り出しかけて腹部の痛みに失神しかけたが、ここで気を失っている場合ではない。
俺は溢れてきた涙を拭いながら、重ねてあるフィーロ様の手の上にさらに自分の手を重ねる。
「お願いします。今日は無理でも、明日には動けるようになるなら、俺をエルフの森へと連れて行って下さい」
「ええ、喜んで」
フィーロ様は優雅に微笑むと、俺から離れて森の方に向かって何やら手を動かし始める。
もしかしたら最初に現れた時と同じように、一瞬で森の中にワープするのかもしれない。
「あ、あの、フィーロ様……」
このままいきなり連れて行かれる困ると思った俺は、背後のロキの毛を掴みながら必死に叫ぶ。
「ロキも……この子も怪我してるので、どうか一緒に森に連れてってください」
「ええ、わかっていますよ」
こちらを振り返ることなく、フィーロ様は虚空に向かって指揮者のように指を走らせる。
すると、フィーロ様の目の前に手の平サイズの幾何学模様が浮かび上がる。
暗闇の中でもハッキリと見える光る模様を見て、俺は思わず呟く。
「それってもしかして、魔法陣ですか?」
「流石は自由騎士様、よくご存じで」
そう言ってこちらを見てニッコリと笑ったフィーロ様は、指先で浮かび上がった魔法陣の中心へと振れる。
「うわっ!?」
次の瞬間、魔法陣が光ったかと思うと、俺の視界は一瞬にして白一色に塗り替えられた。




