歯痒いけれど
激戦を終え、ようやく一息つけると思ったら、また新たな問題が起きたようだ。
俺は何が起きたのかを確認するため、ロキに支えられるようにして渋面を作っているターロンさんの下へ行く。
「ターロンさん、これは一体?」
「コーイチ来たのか。生憎だが、俺たちもまだ正確なことはわかっていない……が、どうやらただごとではないことが起きたようだ」
「起きたようだって……街には戻らないのですか?」
「そうしたいのはやまやまだがな、念のために安全の確保をしている」
「なるほど……」
例えばクーデターなどの問題が起きていた場合、このまま何も調べずに戻ったとしたら、反抗勢力に捕らえられてしまったりするかもしれないから、斥候を出して調べるということだ。
「ひょっとしたら、ただのボヤ騒ぎだったり、季節外れの祭りかもしれんがな」
「そんなこと、あるんですか?」
「まずないだろうな……だから調べている」
軽口を言ってみたものの、ターロンさんの表情は硬いままだった。
口に出してみたものの、自分で言っていて現実味がないことを承知しているのだろう。
「もしかしてですけど、本当にクーデターが起きたりとか?」
「ハバル大臣か?」
「はい……」
他に反乱を起こしそうな人物に思い当たる節がないというのもあるが、タイミングとしては出来過ぎていると思われる。
懸念点があるとすれば俺はハバル大臣と面識がないので、彼が本当に反乱を起こす人物かどうかわからないということだ。
ただ、それでもハバル大臣が捏血のペンター、もしくはそれに与する者と繋がっているのは間違いない。
だから、
「あの煙は、ハバル大臣が原因だと思いますか?」
「どう……だろうな」
俺の疑問に、ターロンさんは気難しい顔をして腕を組む。
「確かに状況から見て、ハバル大臣が怪しいと考えるのは自然な流れだ……ただ」
「ただ?」
「俺は指揮官だからな。何か一つのことに固執するのはよくないと思っている。だから、あらゆる可能性を捨てるようなことはしたくない」
だから状況がハッキリするまで結論は出さない。それがターロンさんの方針のようだ。
「何を悠長なことを言っているんだ!」
部下たちに引き続き待機を命じるターロンさんに、レオン王子が大声を上げる。
「国が……俺たちの故郷が燃えているだ。今すぐ乗り込んで、家族の安否を確認するべきだろう!」
「レオン王子、落ち着いて下さい」
放っておけば今にも船から飛び降りそうな雰囲気のレオン王子に、ターロンさんが落ち着いた声で話しかける。
「お気持ちは痛いほどわかります。我々としても家族の安否は一刻も早く確認したいです」
「だったら……」
「ですが、我々がここで無茶をして怪我や死亡した場合、悲しむのは街で待っている家族になります。それは、お分かりですよね?」
「だ、だけどよ……」
「中の無事が確認できたらすぐに出発します。その時はレオン王子、あなたにも来てもらいます。いいですか?」
「あ、ああ……わかった」
ターロンさんの大人な対応に少しは落ち着いたのか、レオン王子も一応の納得をして引き下がる。
だが、それでも誰かの心配……おそらくフリージア様のことを想っているのか、未だ煙が上がり続けるカナート王国を心配そうに眺めていた。
茜色だった空の色が濃くなり、夜の帳が降りた頃になってようやく斥候に出ていた兵士が戻って来た。
「た、大変です!」
青い顔をした兎人族の戦士は、息も絶え絶えといった様子でターロンさんに報告する。
「王国内に……王国内に多数の魔物が…………」
「何だと!? 規模は?」
「わ、わかりません。ただ、街の中は既に非難が完了しているのか、人の姿は殆ど見られず、代わりに小型の魔物たちが跋扈していました」
「そうか……」
住人たちに大きな被害は出ていなかったと聞いて、ターロンさんは一先ず安堵の溜息を吐く。
「小型の魔物ということは、今の俺たちでも充分に対処できるな」
「はい!」
「当然です!」
「やってやりましょう!」
「俺たちの街を取り戻しましょう!」
ターロンさんの呟きに、周囲にいた生傷が痛々しい獣人の戦士たちが次々と声を上げる。
それを見て、ターロンさんもまた力強く頷き返してみせ、そのまま視線をずらしてレオン王子へ顔を向ける。
「というわけです。レオン王子、行けますね?」
「あ、ああ、勿論だ」
待ってましたと、レオン王子は拳を打ち鳴らして獰猛に笑う。
「まだ暴れ足りないと思っていたんだ。俺の国に現れた不届き者に、本物の恐怖ってやつを教えてやるよ」
「期待しています」
早くも鼻息荒くやる気になっているレオン王子に頷いたターロンさんは、最後に俺の方見る。
「コーイチ、お前は……」
「わかってます。船でおとなしくしていますよ」
まともに歩けもしないのに、戦闘になるとわかっていて街に入ろうと思うほど愚かではない。
「お任せすることになってしまいますが、どうかご武運を」
「ああ、任せておけ」
動ける者たちを編成し直したターロンさんは、手を振り上げて叫ぶ。
「さあ、野郎共! 俺たちの留守の間を狙ったゴミ野郎を駆逐しに行くぞ!」
その声にレオン王子と獣人の戦士たちは揃って「応!」と声を揃えて応えると、意気揚々と船を降りて一路カナート王国へと向かって行った。
「…………ふぅ」
ターロンさんたちが見えなくなるまで甲板で見送った俺は、大きく嘆息して船の縁へともたれかかる。
「わんわん」
「えっ? そうだね……行きたくなかったといえば嘘になるかな」
ロキからの「行きたかった?」という疑問に、俺は素直に頷いて甘えて来るようにすり寄って来た巨大狼の頭を撫でる。
「でも、今の俺が行っても、足手まといにしかならないからさ」
「わんわん」
「うん、そりゃロキが一緒に行ってくれれば心強いけど、ロキだって俺を守りながら皆を守るのは難しいだろ?」
「わん!」
「ハハッ、気持ちだけ受け取っておくよ」
ロキは自信満々に「できる」と言ってくれたが、怪我をして万全ではない彼女にさらに無理を強いるような真似はしたくない。
だからここは待つこと以外に選択肢はない。
そう思っていたが、
「コーイチ」
「ん?」
誰かに名前を呼ばれ、背後を振り返る。
「元気がないようですが、何か気掛かりなことでもあるのですか?」
そこにはエルフの姫であるフィーロ様が、最初に出会った時と同じ思わず見惚れてしまうようなにこやかな笑顔でこちらを見ていた。




