誰かに助けを求めやがれ!
自分の足を切り取る。
我ながら恐ろしいことを思いついてしまったが、他に有効な手立てが思い付かない以上、実行するしかない。
「あぐぅぅ……火、火が……」
さらに気が付けば靴からズボンへと引火し、肌を容赦なく焼かれる痛みに俺は必死に手で叩いて消火を試みる。
一回叩くごとに気を失うほどの痛みが駆け巡るが、それでも火を消さなければ焼死してしまう。
「もう……もうやるしか……」
余りの痛みで視界は霞み、意識が朦朧としてきたことで、俺はいよいよ残された時間は長くないことを悟る。
「…………」
腰からナイフを引き抜いた俺は、口内に溜まっていた唾液を飲み込んで手を振り上げる。
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
全身から汗が吹き出し、いくら呼吸をしても苦しくて堪らない。
この苦しみから逃れるためには、もう自分の足を切り落とすしかないのだ。
「う、うわあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」
少しでも恐怖を紛らわすため、俺は声の限りに叫びながらナイフを振り下ろす。
しかし、
「馬鹿野郎!」
「あがっ!?」
次の瞬間、すぐ近くからレオン王子の声が聞こえたと思ったら、俺の手に物凄い衝撃が走り、ナイフが何処かへと消える。
さらに、
「こいつ、コーイチを放しやがれ!」
「ブギャアア!」
レオン王子がオークキングに攻撃したのか、奴の悲鳴が聞こえたかと思うと、俺の足が急に軽くなった。
それからレオン王子は、虫の息となっているオークキングに対し、執拗に追撃を加えていた。
「た、助かった……のか」
豚の魔物の断末魔の悲鳴を聞きながら、俺は全身から力を抜いてその場に仰向けに倒れる。
「……痛い……そして暑い」
全身に負った怪我の痛みと、照り付ける陽の光の強さに根を上げたくなるが、今はこの痛みが自分が生きているということを実感させてくれる。
「そういえば……」
レオン王子に飛ばされたナイフは何処に行ったのだろうか?
全身を覆う虚脱感に指一本も動かしたくないという衝動に駆られるが、命を預ける道具がなくなるのは困るので、首だけ動かして愛用の得物を探す。
「探し物はこれか?」
緩慢な動きで首を巡らせていると、俺の眼前にナイフが差し出される。
「あ、ありがとうございます」
礼を言いながらナイフを受け取ると、オークキングと思われる返り血を顔に付けた怒り顔のレオン王子と目が合う。
「あ、あの……」
「コーイチ!」
レオン王子は俺の胸ぐらを乱暴に掴むと、額をぶつけながら怒鳴って来る。
「お前さっき、自分の足を切ろうとしただろう!」
「そ、それは、あの時はそうするしかないと……」
「何言ってんだ。何のためにナイフを持ってんだ。そんなことしなくてもオークキングの手を切ればいいだろうが!」
「あっ……」
そう言われて俺は、足を掴んでいるオークキング自信に攻撃を仕掛けるという、当たり前過ぎることに気付いていなかったことを思い知る。
どうしてそんな簡単なことに気付かなかったのか?
理由は言うまでもなく、そんなことに気付かないくらい追い詰められていたということだ。
「その様子だと、本当に気付いていなかったようだな」
俺の顔を見て察したのか、レオン王子は呆れたように嘆息する。
「まあ、確かにあの状況で冷静になれというのは無理がある……だけどな」
「だ、だけど?」
「馬鹿野郎! どうして誰かに……俺に助けを求めない!」
レオン王子は再び俺に頭突きをすると、超近距離で怒鳴る。
「自分の命が危ない時ぐらい、なりふり構わずとっとと誰かに助けを求めやがれ!」
「レオン王子……」
そんなつもりはない……そう言おうと思ったが、考えてみれば最初に足を掴まれた時点で、大きな声で助けを求めていれば、近くにいた誰かに助けてもらえたかもしれない。
これがシドやロキであれば迷いなくすぐに助けを求めただろうが、自分で解決しようとしてしまったのは、完全に俺の落ち度だった。
「……すみません」
俺はがっくりと肩を落とすと、火が消えてボロボロになった足を見ながら力なくレオン王子に謝罪する。
「確かにレオン王子の言う通り、助けを呼ぶべきでした。本当に、本当にすみませんでした」
「…………」
俺からの謝罪を、すぐ目の前に立つレオン王子は何も言わずに立ち尽くしている。
怒っているだろうか。
それとも愚かな奴だと失望しただろうか。
次に一体どんな罵詈雑言を浴びせられるのだろうと思っていると、
「……ったく、そういう言葉を聞きたいんじゃないだよ」
レオン王子の呆れたような声が聞こえ、眼前に彼の広い背中が現れる。
「ほれ」
「えっ?」
「その足じゃ歩けないだろう。船まで運んでやるから乗れよ」
そう言ってレオン王子は、自分の背中を指で示す。
どうやら俺の足を気遣って、背負ってくれるようだ。
「早くしろ、暑いだろうが!」
「あっ、はい」
腹部に続いて足の痛みに悲鳴を上げたくなるが、どうにか我慢して俺はレオン王子の背中に収まる。
「の、乗りました」
「そうか」
レオン王子はぶっきらぼうに応えると、軽く立ち上がって大股で歩き出す。
かなりの速度で歩いているが、レオン王子の背中は殆ど揺れることなく、思った以上に快適だった。
もしかしたら、俺の体を気遣って歩いてくれているのかもしれなかった。
そんなことを思っていると、
「コーイチ」
「はい、何でしょうか?」
「その話し方、やめろ」
レオン王子がちらとこちらを見ると「フン」と鼻を鳴らす。
「お前と俺はもうそんな他人行儀な間柄じゃないだろう? だからもっと普通に話せ……後、呼び方も呼び捨てでいい」
「で、ですが……」
「遠慮するな。俺たち、戦友だろ?」
そう言って再びこちらへと目を向けるレオン王子の顔は、照れなのか真っ赤になっていた。
「あっ……」
その顔を見て、俺はレオン王子がどうして欲しいかを察する。
「わかった」
俺は持ち上げるのも辛い手をゆっくりを上げると、レオン王子の眼前に突き出す。
「これからも頼りにしているよ。レオン」
「ああ、一緒に魔物を蹴散らそうぜ。コーイチ」
レオン王子は俺が差し出した手に拳を軽く当てると、弾む様な足取りでダルムット船へと戻っていった。
そうしてダルムット船に戻った俺は、応急手当てをしてもらった。
腹部は幸いにも骨折はしていなかったが、それより問題は足の火傷の方で、医者の見立てでは二、三ヶ月は安静が必要だということだった。
ロキの方はそこまで大きな怪我ではなかったが、怪我した俺の責任を感じてか、船に戻ってからはずっと傍に寄り添って何度も「ごめんね」と謝罪の言葉を口にしてきた。
俺が何度「気にしていない」と言っても、ロキは見ていられないほど酷く落ち込んでしまっていた。
そんなロキを見て、ターロンさんも明日の出撃に巨大狼を呼ぶことを諦め、俺と一緒に留守番をすることになった。
その代わりと言ってはなんだが、今日の戦果で自身を付けたレオン王子が前線に出てくれるとのことなので、後は獣人たちに託すしかなかった。
本当に……本当に口惜しいが、俺の魔物の大攻勢に挑むクエストは、志半ばで諦めることとなった。
後はカナート王国に戻り、シドたちがエルフの森から戻るのを待つことにしよう。
……そう思っていたのだが、
「コーイチ、大変だ!」
もうそろそろカナート王国に到着しようという頃、ダルムット船のデッキで自分の武勇伝を語っていたはずのレオン王子が慌てた様子で、船倉にいた俺の元へとやって来る。
「疲れているところ悪いが、ちょっと来てくれ」
「えっ? ちょ、ちょっと、あだだだ……」
横になって休んでいた俺を、レオン王子が無理矢理手を引いて立たせようとする。
すると、
「がうっ!」
「おわっ!? コ、コーイチ……」
俺の身を案じて、ロキがレオン王子に警告するように鋭く吠えるので、俺は母親のように寄り添う巨大狼に手を伸ばして諫める。
「ロキ、俺は大丈夫だから」
「……きゅ~ん、わんわふぅ」
「うん、わかった。そうするよ」
ロキから「だったら乗って」という言葉に従い、彼女の背に乗って外に向かうことにした。
船倉からの出口が狭く、足が不自由なこともあって出るのにちょっと苦労したが、俺はどうにかデッキへと上がると、空が夕暮れ時を告げる茜色に染まっていた。
「ん?」
カナート王国に着いていないのに船が止まっているのも気になったが、それより船の皆が船首の方に集まっているので、そちらに向かうことにする。
そうして船首に辿り着いた先で、俺の目に飛び込んで来たのは、
「な、何だよこれ……」
何かとんでもないことが起きたのか、幾筋もの黒い煙が上がるカナート王国の姿だった。




