止めの一撃を繰り出せ
俺が叫び声を上げると同時に、右手中指に嵌められた銀色の指輪がキラリと光り、目の前に淡く光る透明の盾が一瞬にして現れる。
これが用意していていた奥の手の一つ、セシリオ王から譲り受けたエリモス王国の遺産に一つ、ナイトの自由騎士の第四スキル、リフレクトシールドと同じ効果があるリフレクトプレートの指輪だ。
この透明の盾に攻撃をしてしまうと、問答無用で強制スタン状態に陥り、数十秒は無防備な姿を晒す羽目になる。
ぶっつけ本番での使用だったので、もし指輪が不発に終われば一巻の終わりであったが、どうやら無事に発動してくれたようだ。
「いけええええぇぇ!」
腹に力を籠め、盾の特性である攻撃を受け止めることを意識しながら俺はオークキングの攻撃を待ち受ける。
次の瞬間、透明の盾とオークキングの繰り出した槍が正面衝突する。
必死に踏ん張ってオークキングの攻撃に備えていたのだが、
「おわああぁっ!?」
ガラスが割れる音と共に指に嵌めていた指輪が砕け、殺し切れなかった衝撃をもろに受けて俺は後ろに吹き飛ぶ。
「コーイチ!」
だが、すぐ後ろにいたターロンさんが俺の体を受け止めてくれたので、幸いにもその場に留まることができた。
「コーイチ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
本当は腹部が痛くてしょうがなかったが、今はそれどころじゃない。
リフレクトプレートの効果によって硬直状態に陥る時間は、決して長くないのだ。
俺はターロンさんの広くて頼りがいのある胸の中から飛び出すと、大きな声で叫ぶ。
「レオン王子、今です!」
「うっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」
すると俺の背後から百獣の王、ライオンの姿に獣化したレオン王子が気合の雄叫びを上げながらオークキングへ突撃していく。
「ブ、ブモ……」
迫るレオン王子を前に、どうにか対処しようとするオークキングであったが、強制スタン状態から回復するには、まだ十秒以上はあるはずだった。
右手を振り上げ、指先から長く鋭い爪を出したレオン王子は地を蹴って大きく跳ぶ。
「このっ……喰らいやがれええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ!!」
重力も味方に付けたレオン王子は、右手を全力で振り切って渾身の一撃をオークキングの首に喰らわせる。
すると、オークキングの首に三本の切れ込みが入り、大きく裂けたかと思うと中から紫色の血が噴水のように吹き出す。
「ブモオオオオオオオオオオオオォォォウ…………」
その時になったようやくスタン状態から回復したのか、オークキングが叫びながら切れた首を押さえようとするが、吹き出す血の勢いが凄まじく、徐々に体から力が失われてそのまま熱砂の上に地響きを立てて倒れる。
「や、やった……」
地に伏し、ビクビクと痙攣するだけになったオークキングを見て、俺は思わず「やってない」フラグを立てそうになって慌てて口を紡ぐ。
レオン王子は宣言通り、これまで何度も獣人の戦士の攻撃を阻んで来たオークキングの脂肪という装甲を貫いてみせたのだ。
「どうだ!」
攻撃した勢いを殺し切れず、かなり遠くの方まで滑っていっていたレオン王子が嬉しそうに拳を突き上げる。
「コーイチよ、これが俺の力だ。見たか!」
「ええ、お見事です」
流石にここまで綺麗に致命傷を負わせるとは思っていなかったので、俺は素直にレオン王子に賞賛の言葉を送る。
「これで捨てられますね」
「ああ、今日から俺も一人前だぜ!」
サムズアップして二カッ、と笑ってみせるレオン王子に、俺も親指を立てて返す。
実際、レオン王子は本当に良くやってくれたと思う。
傍若無人を体現したようなレオン王子でも、初めて進んで他者の命を奪うという行為は、本当に怖かったと思う
俺も泰三を救うという大義名分がなければ、どう見ても化物としか思えないゴブリンの命を奪うことができたかどうかも怪しい。
それだけ命を奪うという行為は、人という枠組みから大きく離れた行為なのだ。
自分を縛るあらゆる常識や倫理観を全て振り払い、オークキングを倒してみせたレオン王子は、本当の意味で一皮むけた存在になった。
今はまだシドとの恋のレースは勝負にならないだろうが、これから先、レオン王子がどんどん成長していったらどうなるかわからない。
だから、
「俺も、もっと頑張らないとな」
改めてシドを守れるように強くなりたい。喜ぶレオン王子を見て、心からそう思った。
オークキングを倒したことで、今日の魔物の大攻勢は終わりを告げた。
ターロンさんが大きな声を張り上げながら負傷者たちに互いに手を貸して船に戻るように指示し、どうにか動ける者には、死んでしまった者たちを家族の下へ返すための収容作業の指示を飛ばしていた。
正規兵ではない俺はその輪の中にはいることはせず、黙って事の成り行きを見守っていた。
「……帰るか」
ここにいても邪魔になるだけですることなどない。
……そう思ったが、移動を開始した俺の足を誰かが掴んで物凄い力で引いてくる。
「――っ、あがっ!」
全くの不意打ちだったことと、疲労が限界に達していていた俺は、その力に抗うことができずに熱せられた砂の上にひっくり返る。
まともに受け身も取れずに後頭部を強かに打ったが、下が砂地で良かったと喜んでいる場合ではない。
考え得る状況で、最悪の展開に陥ってしまったようだ。
「お前、まだ生きていたのか」
「……ブ…………オォォ」
俺の声に、首が半分落ちているオークキングが殆ど声にならない声で応える。
首からはまだ血がどくどくと流れ出ていて、どう見ても命の灯は消える寸前だと思われるが、それでもこちらを睨んでいる瞳は復讐に燃える悪鬼そのもので、俺は恐怖で縮み上がりそうになる。
「……ァァッ!」
「うがああああぁぁっ!?」
ほぼ死に体なのにも拘らず、何処にそんな力が残っていたのかと思う程の力で足を握られ、俺は堪らず悲鳴を上げる。
「コーイチ!」
俺の悲鳴で、オークキングが死んでいなかったことに気付いたターロンさんたちの声が聞こえるが、彼等が助けに来てくれるのを待っていたら足が砕けてしまうだろう。
「……このっ!」
痛みで溢れてきた涙で視界が滲む中、俺はポーチに乱暴に手を突っ込んで火炎瓶を取り出し、ベルトに擦り付けて火を点けてオークキングに向かって放る。
無意識でも狙えるようになっている火炎瓶は、狙い違わずオークキングの顔に命中し、奴の顔が炎上する。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!!」
喉から声の限り叫ぶオークキングに向かって、俺はポーチから残りの油の入った瓶を取り出して次々と放る。
「クッ!」
油の入った小瓶が割れ、オークキングを包む炎が大きくなる度に肌を焼く痛みが酷くなるが、まだ奴は俺の足を放してくれない。
「こいつ! 離せ! 離せよ!」
火傷覚悟でオークキングの顔を何度も蹴るが、死んでも離さないつもりなのか奴の太い手はビクともしない。
「ヤ、ヤバイ……」
このままではオークキングの体に付いた火が、俺に引火して奴と一緒に火だるまになってしまう。
既に何度も蹴りを繰り出している足には火が付き、痛みで気を失いそうになるが、ここで諦めたらそれこそ本当に死んでしまう。
「……こうなったら」
自分の足を切ってでも脱出をすべきだろうと考え、俺は腰のナイフを引き抜こうと手を伸ばす。




