言われたくない言葉
俺のレオン王子に対する感情はさておき、今はオークキングをどうにかしなければならない。
腹部の痛みと体の調子を確かめながら、俺はターロンさんたちの戦いを黙って見守っているレオン王子に話しかける。
「あの、レオン王子……オークキングと戦うための何か策とかあったりするのですか?」
「策だと?」
目だけを動かしてチラと俺を見たレオン王子は、正面を見たまま堂々と宣言する。
「そんなものはない」
「……えっ?」
「そんなものはないと言ったのだ。生憎だが、俺はそういうのを考えるの苦手なんだよ」
自覚があるのか、レオン王子は気まずそうな表情になって後頭部を掻く。
「ここに来たのも、フリージアからコーイチの身が危ないと言われたからだ」
「フリージア様に?」
「ああ、あいつの下にエルフからの未来予知があったらしい。それで、動けるのは俺だけだと言われて仕方なく……な」
フリージア様に頼られて嬉しかったのか、レオン王子は照れくさそうに鼻の下を擦って笑う。
色々とあったがレオン王子とフリージア様だが、ハバル大臣という障害がなくなったことで良好な関係に戻りつつあるようだ。
レオン王子が現れた理由も、どうやら裏でエルフ……おそらくフィーロ様が動いてくれたお蔭で俺は命を拾うことができたようだ。
「さて、それじゃあコーイチ。お前の意見を聞こうではないか」
密かにフィーロ様に感謝の意を述べていると、全くの無策だというレオン王子が挑むような視線を向けてくる。
「聞くところによると、コーイチは背後から狙った得物を確実に仕留められるとか? それはあのオークキングでも同じか?」
「同じです……ですが」
激しく動き回るオークキングを見ながら、俺はまだジクジクと痛む腹部を押さえ、正直に心情を吐露する。
「今の俺では、あれだけ早く動くオークキングを捉えることはできません」
「では、どうするというのだ? 見たところ、奴はかなりタフな体をしているようだ」
そう言ってレオン王子が指差すオークキングを見やると、彼の言うことがすぐに理解できた。
ターロンさんたちが見事な連携でオークキングへと攻撃を仕掛けていくのだが、奴の体を包む分厚い脂肪が邪魔をして攻撃が上手く通らないようだ。
最初こそオークキングへ攻撃が通っていたはずだが、これも共喰いをして強化された影響だろう。
「焦るな、俺たちはただ時間を稼ぐだけでいい。決して無謀な突撃だけはするな!」
ターロンさんも既に攻撃がまともに通らないと気付いているのか、攻撃は最小限にして、オークキングのヘイトがこちらに向かないようにすることに徹しているようだった。
確かにあの装甲を確実に貫けるとすれば、俺のバックスタブが真っ先に思いつく。
だが、前述したように今の俺ではオークキングの背中にナイフを突き立てたところで、心臓に刃が達するより、暴れる奴を逃してしまう可能性の方が高い。
「そう……ですね」
だが、オークキングを倒す手立ては何も俺のバックスタブだけとは限らない。
何故なら、ここにはあの魔物に力負けしない……いや、圧倒するだけの力を持つ人物がいるからだ。
俺はオークキングを倒せる当該人物へと目を向けると、探るように尋ねる。
「レオン王子、あなたならオークキングを倒せるのではないのですか?」
「ああん? そうだな」
俺の質問に、レオン王子はおとがいに手を当てて首を捻る。
「まあ、確かに俺なら奴を倒せる……かもな……ただ」
「ただ?」
「それはあいつが致命的な隙を晒してくれた場合に限るぜ。そうすれば、俺の全力を叩き込んでやるよ」
獣化して戦うつもりなのか、レオン王子は爪を立てるように手を開いて犬歯を剥き出しにする。
ただ、自分で言っておいて自信はないのか、その顔にはいつも見える獰猛さは見えない。
「……とまあ、口で言うのは簡単だが、果たしてそんな隙を奴が晒すと思うか?」
そう言ってレオン王子は自嘲するが、俺としてはオークキングを倒せるかもしれないという言質が取れただけで十分だった。
「わかりました」
俺は大きく頷くと、借りてきた猫のようにおとなしい表情をしているレオン王子を真っ直ぐ見据えて話す。
「では、俺がその隙を作りますから、レオン王子はオークキングに止めを刺して下さい」
「えっ?」
「えっ? じゃないでしょう。レオン王子が言ったんでしょう。大きな隙があれば、全力の一撃を叩き込んでやるって」
「そ、それはそうだけどさ……」
「……何ですか」
何だか煮え切らない態度を取るレオン王子に、俺は少し語気を荒げて問いかける。
「今は一刻を争うんです。言いたいことがあるなら、先に言って下さい」
「そ、それがよ……」
レオン王子は大きな体を限界まで小さくすると、蚊のなくような小声で話す。
「俺……今まで色んな奴とケンカは沢山してきたけど、誰かの命を奪ったこと……ねぇんだよ」
「はぁ?」
「だ、だから、今まで一度も他者の命を奪ったことがないから……ぶっ飛ばすだけならなんてことないけど、殺しをするのは怖いんだよ!」
「…………」
まさかの告白に、俺は絶句してしまう。
確かにレオン王子の立場であれば、わざわざ戦場に出向くこともないだろうし、周りの人間も彼に命の危機が及ぶようなことはさせないだろう。
だが……だが、これまでのレオン王子の傍若無人な態度から、まさか相手を殺すことが、それも魔物を殺すことが、経験がないから怖いなんて言葉を聞くとは思わなかった。
それにここでいくら駄々をこねられたところで、オークキングを倒せる可能性が一番高いのは、レオン王子の獣化であることは間違いない。
とまあ、これからレオン王子をどうにかして戦場に引っ張り出さないのはいけないのだが、これだけは彼だけに言っておきたかった。
「…………童貞」
「ごぼぶぁ!?」
今となっては懐かしい響きの一言だが、カナート王国でも通じるようで、俺の一言でレオン王子はこれまで見た中で一番衝撃を受けた顔をしていた。




