王の贄
オークキングへと突撃していった獣人の戦士たちの数は優に二十は下らず、全身に武器が突き刺さった様は、相手が敵であっても直視するのは憚れるほどだった。
「…………やったのか?」
思わず「やってない」フラグを立ててしまったが、実際のところあの言葉には殆ど意味がないことはわかっている。
それに全身にあらゆる武器が突き刺さり、傷口からみるみると血が溢れているのを見る限り、全ての武器が致命傷に至っていなくとも失血死すると思われた。
どうやらターロンさんの予告通り、俺の出番はなさそうだ。
となるとこの後はオークキングに代わる別の大型の魔物の登場があるかもしれない。
そう思ってオークキングから視線を外すと、
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォウ!!」
「――っ!?」
まるで地鳴りのような、地の底から響いてくるかと思う程の怒声が聞こえ、俺は弾けたように声の主へと目を向ける。
「なっ……」
そこにはハリネズミのようになったオークキングが、全身をパンプアップさせて自身に刺さった武器を吹き飛ばすのが見えた。
「あいつ……あの傷でまだそんな力を残していたのか」
一瞬で全身に刺さった武器を吹き飛ばしたのは見事としか言いようがないが、それでも傷口からは血がとめどなく溢れ出ているので、オークキングの命は風前の灯火だと思われた。
それはターロンさんをはじめとする獣人の戦士たちも同じようで、下手に追撃を仕掛けるようなことはせず、最後の悪足搔きに対応できるように距離を取って見守っている。
どう足掻いてもオークキングに勝ち目は見えず、決着は時間の問題……この場にいる誰もがそう思っていた。
ただ一人、オークキングを覗いては……、
「ブルルルル……」
鼻を鳴らしながら首を巡らせ、何かを探していたオークキングは、両膝を曲げて身を沈めたかと思うと、地を強く蹴って大きく跳ぶ。
「無理はするな。下手に攻めようとせず逃げに徹しろ!」
死に体のオークキングの怖さを知っているからか、ターロンさんは奴には絶対に近付くなと厳命する。
「ブモモォウ! ブモオオオオオオオオオオオオォォォウ!」
砂を盛大に巻き上げて着地したオークキングは、傷口から血が吹き出すのも構わず、逃げる獣人の戦士たちの間を縫って一目散に何処かに向けて駆け抜けていく。
一体何処に向かうのかと思っていると、オークキングの向かう先にまだわずかに残っているオークと戦っている獣人の戦士たちの姿が見えた。
「そこのお前たち、逃げろ!」
「……えっ?」
「わわっ、どうしてオークキングが……」
オークキングが迫っていることに気付いた獣人の戦士たちは、手にしていた武器を放り出して背中を向けて逃げ出す。
「ブヒッ!」
「ブモモッ!」
勝負を放り出して逃げ出す獣人の戦士たに、オークたちは勝機を得たりと得意気に鼻を鳴らして追撃しようとする。
だが、
「ブモオオオオオオオオオオオオォォォウ!」
「「――っ!?」」
走るオークキングが何かを命令するように叫ぶと、走っていたオークたちの動きがピタリと止まる。
「な、何だ?」
まるで金縛りにあったかのように走る姿勢のまま固まるオークたちの下へ、息を切らせながら追いついたオークキングは、一番近くのオークの肩に手をかけたかと思うと、口を大きく開ける。
「ま、まさか……」
嘘だろ? と思いながら表情を歪める俺の視界に、オークキングがオークの頭に思い切り齧り付く姿が映る。
頭から齧り付かれたからオークは悲鳴こそ上げなかったが、それでも周囲に骨を砕く嫌な音が響き渡る。
「……ブゲップゥ」
最初のオークの首から上を食べ終えたオークキングは、ゲップをしながら噴水のように血が吹き出す死体を捨て、次のオークの頭へと齧り付いていく。
「プギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ……」
今度のオークは右目から上を齧られ、口から断末魔の悲鳴を上げる。
「うっ!?」
スプラッターな見た目だけでなく、魔物とはいえ聞くに堪えない悲痛な叫び声に、俺は堪らず耳を塞ぐ。
ついでに目も背けたいと思ったが、そこで信じられないものを目にする。
「傷が……」
……そう、ターロンさんの策略と、獣人の戦士たちの猛攻によって無数の開けられたオークキングの体の穴が泡立ち、内側から肉がせり上がって来ているのが見えたのだ。
信じられないことだが、オークキングは仲間のオークの肉を喰らうことで、傷付いた体を再生させる能力があるようだ。
リザードマンの時もそうだったが、上位の存在にとって下位の存在は自分を保つための贄でしかないようで、オークキングは次々と仲間であるはずの豚の魔物を喰らっていく。
このままでは完全回復してしまうと思った俺は、駆け出しながら唖然とした表情で立ち尽くすターロンさんに向かって叫ぶ。
「ターロンさん、このまま奴の好きにさせちゃ駄目だ!」
「――っ!? わかってる! お前たち、追撃だ!」
俺の声で我に返ったのか、ターロンさんは命令を飛ばしながら慌てて武器を手にオークキングへ向けて駆け出す。
どうやらターロンさんのような経験豊富な戦士でも、オークキングの共喰いを見るのは初めてのようだった。
ともすれば他の獣人の戦士たちも同様で、未だ混乱の中にある様子ではあったが、ターロンさんの声に従ってオークキングへ向けて駆け出す。
回復し始めたといっても、オークキングの傷が完全回復するまでは、まだそれなりに時間を要しそうなので、急げば充分に止めはさせると思われた。
だが、
「ブヒイィィ!」
「ブモッ、ブモモォウ!」
獣人の戦士たちの前に、最後の生き残りと思われるオークたちが声を張り上げながら突撃してくる。
「なっ、こ、こいつ等……」
「落ち着け! いつも通り数の有利を作るんだ」
「それはわかっているけど……うわあああああああああぁぁぁ!」
獣人の戦士たちはオークへ対する対処法がわかっているはずだが、捨て身の特攻を仕掛けてくる豚の魔物たちの圧に、上手く対処できずオークキングへ近付くことができないでいた。
「……クッ」
完全に浮足立っている様子の獣人の戦士たちを救うべく、俺も覚悟を決めて戦線へと踏み込んでいく。
気配を殺してオークたちの側面から近付いた俺は、ポーチから目潰し用の小瓶を取り出して連中の頭上へ放る。
続けて足元にバラまくようにまきびしを一つ取り出し、放物線を描いて飛ぶ小瓶に向けて素早く投げる。
狙い違わずまきびしは小瓶へとヒットして割れ、灰とトウガラシ、そして細かく砕いたロキの毛が入った粉がオークたちへと降り注ぐ。
「プギャッ!?」
「ブヒッ、ブヒイィィ!」
「プギャアアアアァァァ!!」
目が小さいから目潰しが効くかどうか不安だったが、オークたちは目を……ついでに嗅覚にも異常をきたしたのか、鼻を押さえながら苦しそうにのたうちまわる。
「皆さん、今です! 今のうちにオークを倒してオークキングを……それと赤い粉には十分気を付けて下さい」
叫びながら俺自身も謝って粉に接触しないように、口と鼻を手ぬぐいで隠し、目を覆いながら一体のオークの背中に浮かんだ黒いシミにナイフを突き立てた。




