戦いたいのに……
「はぁ……」
魔物の第一陣を退けたその夜、俺はカナート王国の入口の広間で、戦士たちのために用意された野営地の焚き火の前で盛大に溜息を吐く。
一言で言うと、非常にマズいことになった。
今日だけでなく、まさか翌日も魔物の襲来があるとは思っていなかったので、手持ちのアイテムは殆ど残っていない。
特に虎の子の爆弾を使ってしまった影響は大きく、明日までに用意できるアイテムといえば目潰しに仕える灰ぐらいだが、あれは屋外で使うには十分に威力を発揮するとは言い難く、混戦となったら味方にも影響が出るので非常に使いづらい。
こんなことならもっと色んな戦い方を……自分でも色んな道具の使い方をオヴェルク将軍から学んでおくべきだったと思う。
こんな時、チート能力が目覚めてそこら辺にあるものを調合して火薬なんかを作れればいいのだが、生憎と自由騎士のスキルはそんな何でも思い通りにできるような代物ではない。
そして、とことんただのゲーマーで、現代日本から来たことによる知識チートなんてものもない俺には、火薬の作り方なんて夢のまた夢であった。
「明日から……どうやって立ち回るべきだろうか……」
焚き火を呆然と眺めながらどうしようかと考えていると、
「く~ん、く~ん」
俺に寄り添うように座っていたロキから「お腹空いた」と切ない訴えが聞こえてくる。
「ああ、ゴメンよ、そう言えばお腹空いたね」
ロキに言われて俺は、帰還してからまだ食事を摂っていなかったことを思い出す。
「ご飯は……何処に貰いに行けばいいんだろう?」
必要なものがあれば、近くの者に聞けばいいと言われたが、皆疲れているだろうから、最低限のことは自分で解決しておきたい。
そう思っていると、
「おいおい、どうした。今日の一番の功労者が辛気臭ぇな」
「ターロンさん……」
声の反応してそちらを見やると、片手に深皿、もう片方の手に山盛りの肉が乗った皿を手にしたターロンさんが苦笑を浮かべていた。
「ほれ、コーイチには肉たっぷりのスープ、ロキにはたっぷりの肉だ。腹減ったろ?」
「あっ、はい、ありがとうございます。ほら、ロキ、ターロンさんがご飯持ってきてくれたぞ」
「わふぅ!」
ターロンさんからこんがりと焼かれた山盛りの肉の皿を受け取ってロキの前に差し出してやると、巨大狼は「やった!」と喜びながら肉の山に取り掛かっていく。
尻尾を激しく振りながら肉を食べるロキを見て、俺はターロンさんと顔を見合わせて苦笑すると、手渡された深皿に注がれた透明な肉のスープを口にする。
「あっ……美味しい」
肉たっぷりのスープと言うから、牛テールスープのようなガッツリ系のスープを想像していたが、丁寧に出汁を取って作られたとても優しい味わいのスープだった。
続いて肉へとスプーンを伸ばすと、軽く触っただけてホロホロと崩れるくらいしっかりと煮込まれている肉は、見るからに柔らかそうだった。
大きく口を開けて肉を頬張ると、歯を使わなくても噛み切れるほど柔らかく、それでいてこれだけ煮ても味がしっかりと残っている。
そしてさらに、この肉の旨味を俺は知っていた。
「この肉のスープ……ワイバーンの肉を使っているのですね?」
「おっ、たった一度食べただけであの味わいを覚えているとは流石だな」
「それはもう……衝撃でしたから」
異世界に来て数々の美味しいと思う料理に出会って来たが、それは例えるなら俺のような庶民でも手を伸ばせば届く範囲の美味さ、その気になれば日本に帰って再現できるかもしれないと思える美味さであった。
だが、ワイバーンの肉はA5ランクの牛肉をさらに熟成させて美味しくしたような、宝くじで一攫千金でも成さない限り、絶対に届かないと思える領域の美味さであった
事実、ターロンさんたちもワイバーンの肉は高級過ぎて、自分たちで捕まえた時以外は食べることはないとのことだ。
そのことを知っている俺は、遠慮なく二口目の肉を頬張りながらターロンさんに尋ねる。
「……それにしても、よくワイバーンの肉のスープなんかありましたね」
「何、こいつが最後だよ。ワイバーンは美味いが腐るのも早いから、手に入れたら可及的速やかに処理しないといけないんだよ」
「なるほど……」
ということは今回の料理に使われている肉は、俺たちと出会った時に捕まえた肉というわけだ。
あの時も十分に堪能したと思ったが、それでもまだ残っていることを考えると、あの一匹で何人分の肉が取れたのだろうか?
「……それで?」
「えっ?」
ワイバーンの肉の量について考えていると、神妙な顔をしたターロンさんが話しかけてくる。
「あれだけ辛気臭い顔をしていたということは、何か問題があったってことだろ。どうした? もしかして命が惜しくなったか?」
「そうですね。命はいつも惜しいと思っています」
「だったら……」
「ですがここで抜けるとかそういうつもりはないです。怖いのは皆一緒のはずですから」
「そ、そうか……」
俺が引き続き戦う旨を伝えると、ターロンさんは明らかにホッとしたような表情になる。
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「はい、実はですね……」
別に隠すことでもないので、俺はターロンさんに手持ちのアイテムが無くなってしまい、明日からまともに戦う術がないことを正直に告げる。
「……というわけで、明日から戦うにしても今日ほどの立ち回りはできないと思って下さい」
「そう……か、コーイチの特性が活かせないとなるとかなり厳しいな」
「はい、ただ俺にはもう一つ……暗殺のスキルがありますので、それで援護はできると思います」
「暗殺か……あのトロルを鎧ごと切り裂いてたやつだな」
バックスタブによって死んだトロルの死体を見たのか、ターロンさんは顔を引きつらせる。
最初、スキルの詳細を話すかどうか迷ったが、念のためとバックスタブについては少し濁しておいた。
なるべく表情に出さないように配慮した効果があったのか、ターロンさんはたいして気にした様子もなく、俺の肩を叩いて微笑を浮かべる。
「わかった。じゃあ、明日からコーイチはその暗殺をメインに、主に硬い奴や、デカい奴と戦ってもらえると助かる」
「はい、わかりました」
俺としても最初からそのつもりだったので、こうして事前にターロンさんにと意思疎通ができたのは大きい。
後は今日の内に野営地の灰を集めておいて、いざという時の目潰しを作っておこう。
そう思った俺が立ち上がろうとすると、
「見つけた。其方がコーイチだな」
「あ、は、はい……」
背後から誰かに名前を呼ばれ、俺は声のした方を振り返る。
「……えっ?」
そうして振り返った俺は、声をかけてきた人物を見て目を見開く。
「エ、エル……フ?」
その人物は、尖った長い耳を持つ種族、エルフだった。




