切り札を使ってでも
まるで巨大な波となって迫ってくるゴブリンたちを前に、歴戦の猛者であるはずの獣人の戦士たちも戸惑いが隠せないようだった。
「クソがあああああああああああああぁぁぁ!」
重戦車という言葉が似合いそうな熊人族の男性が、一メートル以上の刃を持つ巨大な剣を振ってゴブリンたちを一薙ぎに両断する。
たったの一振りで、六匹ものゴブリンを一斉に屠ってみせたが、次の瞬間には別のゴブリンたちが仲間たちの死体を踏み越えて熊人族の戦士へと殺到する。
「このっ……しつこいんだよ!」
その後も迫るゴブリンに対し、熊人族の戦士は風を切り裂きながら大剣を振り回し、次々と死体の山を築いていく。
だが、そんな熊人族の戦士の背後から、巨大な影が忍び寄る。
それは獣人の戦士たちの猛攻を受けて尚、まだ生き残っていた二体のトロルの内の一体だった。
「クソッ、クソックソックソッ!」
熊人族の戦士は、次々と押し寄せるゴブリンに気を取られていて、背後から迫る巨大な影に気付いていない。
他の獣人の戦士たちも、目の前のゴブリンへの対処に手一杯のようで、熊人族の戦士への救助にはいけそうにない。
「いけない、このままじゃ……」
トロルが手にしたこん棒を振り抜けば、熊人族の戦士がどうなってしまうかなんて言うまでもない。
まだどれだけの魔物が残っているのかわからない以上、犠牲者が出るような事態は極力避けるべきだ。
そう考えた俺は、腰のポーチから無色半透明の液体が入った小瓶を取り出す。
これは俺が持つアイテムの中でも最も強力な、爆発する液体……おそらくニトログリセリンに似た特性を持つ爆弾だ。
強力な反面、追加で手に入れる術はなく、旅に出る時にオヴェルク将軍に手渡された三つの瓶が全てだ。
しかし、その内の二つは地下の遺跡と共に埋まってしまったので、これは残された虎の子のラスト一つというわけだ。
「…………」
そんな貴重な一つをここで使っていいものかどうか、一瞬だけ判断に迷う俺だったが、人命には代えられないと割り切る。
「いっけえええええええええええええええええぇぇ!」
気合の雄叫びと共に、俺は小瓶をトロルに向けて投げる。
それと同時に、
「そこの熊人族の大剣を持った兄さん、後ろからトロルが来てるぞ! 前へ逃げろ!」
俺は熊人族の戦士に向かって叫びながら、目の前の斜面を滑り落ちていく。
「なっ、何だと!?」
俺の声に、熊人族の戦士は後ろを振り返って驚いたように目を見開き、もう一度剣を振ってゴブリンを薙ぎ倒してから奴等の死体に向かって飛び込むようにダイブする。
「グルオアアアアアアァァ!」
次の瞬間、トロルが叫び声を上げながら手にしたこん棒を振り下ろす。
だが、熊人族の戦士の回避の方が僅かに早かったのか、こん棒は虚しく空を切り、柔らかい砂地を叩いて盛大に土砂を撒き上げる。
同時に、俺が投げた小瓶がトロルの背中にぶつかり、瓶の中身が化学反応を起こして大爆発する。
「おわああぁぁ!」
「な、何だ、何が起こった!?」
「耳が……耳が…………」
「ギギャー!」
全く予期していなかった大爆発に、獣人の戦士たちだけでなくゴブリンたちも悲鳴を上げながらその場に蹲る。
その隙に斜面を一気に滑り落ちた俺は、まだ混乱している戦場を足早に駆け抜ける。
狙うはゴブリンの後ろで、砂漠に急遽発生した爆炎に見惚れている残る一匹のトロルだ。
爆弾が直撃したトロルは、首から上が真っ黒になってゆっくりと倒れていくのが見えるから既に死亡したか……そこまで至らなくとも暫く動くことはできないだろう。
人数が多いゴブリンも十分に脅威だが、今はとにかく状況を一変させる可能性があるトロルを潰してしまうことが最優先だと思った。
幸いにも殆どのゴブリンは突如として発生した大爆発に慄き、その場に蹲ったり、泡を喰って逃げ出したりしているので、連中に近付かないようにすれば気付かれることはない……と思う。
そう思った矢先、
「グゲッ!?」
「――っ!?」
逃げようとした先で俺の存在に気付いたのか、仲間に向けて声をあげようとするゴブリンがいたので、奴が背を向けたところで浮かび上がった黒いシミにナイフを突き立てて一瞬で命を奪う。
サイクロプスやキングリザードマンなどの強敵と比べて、あっさりと全身から力が抜けるのを確認した俺は、ゴブリンの死体を気付かれないように静かに引き倒してさらにトロルへと突撃する。
「……ウガッ!?」
だが、ゴブリンを倒している間に俺の接近に気付いたトロルが、こちらに目を向けてこん棒を構える。
頭上で激しくこん棒を振り回し始めるトロルであったが、初見の一対一の勝負なら俺はそう簡単に負けるつもりはない。
「グルアアァァ!」
「甘い!」
十分に遠心力を利かせたこん棒をトロルが振り下ろすより早く、俺は灰の入った小瓶の中身を奴の目元目掛けてぶちまける。
「ウギャッ!?」
目潰し攻撃を受けたトロルは、堪らずこん棒を取り落として目元を押させて悶絶する。
「ガアァッ……グギャアアアアアアアァァァ!!」
地団太を踏み、片腕を振り回しながら暴れるトロルであったが、俺は迂闊に奴の間合いに入るようなことはしない。
十分に距離を取り、足音を殺してトロルの背後に回った俺は、
「終わりだ」
誰となく小声で呟きながら、トロルの鎧を着た背中に浮かんだ黒いシミ目掛けてナイフを一気に振り下ろす。
「アガッ!?」
一気に手首まで黒いシミに右手を差し入れると、トロルの動きがピタリと止まる。
だが、このままの状態で暴れられると、トロルの巨体に下敷きになって危ないので、
「うっ、うおおおおおおおおおおおぉぉ!」
バックスタブに成功すると、黒いシミから分かれるように浮かび上がる黒い線に沿って俺はナイフを走らせる。
「おらぁ!」
何の抵抗もなく、トロルの背中から右わき腹へ向けてナイフを走らせると、まるで巨木を倒す時のように奴の体が裂けた傷口からぐらりと揺れ、盛大に血を拭き出しながら倒れた。




