巨人種の魔物
それは俺が今まで見たことがない魔物だった。
全身をボコボコに凹凸のある鉄の鎧で覆い、手には岩を砕いて作ったかのような粗雑なこん棒を手にしている。
全体のフォルムはかつてノルン城で戦った魔物、サイクロプスに似ているが、目は一つでなくゴブリンに似ていた。
尖った耳に豚のように潰れた鼻、そしてだらしなく開いた口から覗く歯は、黄色く濁っていて見るからに虫歯だらけのようだった。
遠くからでも臭い息が感じられそうで、俺は思わず鼻を摘まみながら魔物の正体を口にする。
「あれは……巨大なゴブリンなのか?」
「いや、似ているが違うな」
俺の呟きに、油断なく武器を構えたターロンさんが魔物の正体を教えてくれる。
「あれはゴブリンではなく、トロルという巨人種の魔物だ」
「トロル、あれが……」
醜悪な見た目で完全に記憶の彼方に消えていたが、言われてみれば巨人の魔物といえば真っ先に思いつくのはトロルかもしれない。
いや、というのも俺の脳裏に巨人の魔物と言えば、戦列に脳裏に焼き付いたあの魔物の存在がいるからだ。
「サイクロプス以外にも、あんな大きな魔物いたんですね」
「おいおいコーイチ、お前さん、サイクロプスと戦ったことあるのか?」
「あっ、はい、ノルン城で一度だけですが……」
「そうか、なら安心しろ」
「えっ?」
何が? と疑問符を浮かべる俺に、ターロンさんはニヤリと笑って俺の尻を力強く叩く。
「トロルはサイクロプスより小さくて弱い魔物だ。だからあっちの二体はコーイチとロキに任せるぞ」
「えっ? ええっ!?」
驚く俺に、ターロンさんは「任せたぞ」と言ってもう一度俺の尻を叩いて指差した反対側のトロルに向かって走っていく。
そちらには合計で六体ものトロルがいたが、ターロンさんは全く臆することなく部下たちに威勢のいい声で指示を出していく。
「いいか? わかっていると思うが、間違っても鎧にを狙うなよ」
「狙うなら鎧の隙間、ですね」
「そうだ。後は正面から戦おうとするな。必ずツーマンセルでヘイトを買っていない方が攻めるんだ」
ターロンさんが確認するように言うと、集まった戦士たちは「応!」と威勢よく応えて大股で歩くトロルに向かって突撃していく。
「おらおら、行くぞ」
総勢十名の部下を引き連れて先頭に立ったターロンさんは、つい先程自分が言った言葉を忘れたのか、トロルたちに向かって正面から突っ込んでいく。
正面から突っ込んでくるターロンさんを見て、先頭を歩いていたトロルは、ニヤリと醜悪な顔を歪めてこん棒を大きく振りかぶる。
トロルが大きく振りかぶったのを見て、ターロンさんも手にした槍を大きく振りかぶる。
ステップを二歩踏んだターロンさんは、
「おらよ!」
上段の構えのトロル目掛けて、手にした槍を投擲する。
「――っ!?」
自分目掛けて飛んでくる槍を見て、トロルは目を見開いて驚くが時すでに遅しだった。
「グギャアアアアアアアァァァ…………」
防具を身に付けていない頭部を貫かれた戦闘のトロルは、身の毛もよだつ悲鳴を上げながら背後へと倒れる。
「ハッ、どうだ野郎共! まず一体目だ」
ターロンさんが右手を突き上げると、それに触発されたかのように獣人たちが彼を追い抜いて残った五体のトロルに向かって突撃していく。
「す、凄い……」
最初のトロルをターロンさんが倒したことで一気に士気が上がった獣人たちは、作戦通りに二人一組で、自分の倍以上のサイズの魔物相手に臆することなく堂々と立ち回る。
槍や長剣といった長物を手に、間合いの外からトロルの肘や膝といった鎧では防げない箇所を的確に突くことで、確実にダメージを与えていく。
これなら全てのトロルが倒されるのも、時間の問題かと思われた。
「わんわん!」
「っと、いけない」
獣人たちの華麗な連携に見惚れていると、ロキから「来るよ!」という鋭い鳴き声が聞こえ、俺は意識を切り替えて振り返る。
「グルオアアアアアアァァ!」
振り返ると、一体のトロルが砂地に足を取られながらも猛然と駆けてくるのが見えた。
「なるほど……」
体重が重い所為か、砂地では思ったより自由に駆け回ることができないようだと判断した俺は、腰のベルトに巻き付けた重り付きの紐を引き抜き、遠心力を付けてトロルの足元目掛けて投げる。
見え見えの攻撃ではあったが、トロルは俺が投げた紐には見向きもせずに突っ込んでくる。
どうやら今の自分の脅威にもならないと判断したのかもしれない。
だが、これはただの紐ではなく、獣の姿になったレオン王子ですら引き千切ることができなかったオヴェルク将軍特別製の紐だ。
俺が投げた紐は、狙い違わずトロルの片足に巻き付き、先端に付いた重りによって弧を描いてもう片方の足にも絡みつく。
両足に紐が絡みついたトロルは、足場の不安定な砂地も相まって足をもつれさせ、うつ伏せに倒れる。
「もらった!」
スキルを使わなくとも、既にこうなる結果が見えていた俺は、トロルの背中に浮かび上がった黒いシミへと手にしたナイフを突き立てる。
「グギャアアアアアアアァアアアアアアアアアアアァァ!」
これといった抵抗もなく、一気に手首までナイフを突き立てられたトロルが絶叫を上げるが、俺は構わずさらにナイフを押し込む。
さらに十センチほど深くナイフを突き刺したところで心臓に達したのか、トロルが口から大量の血を吐き出したのを見て、俺は奴の背を蹴ってナイフを引き抜く。
その頃にはもう一体のトロルが目前と迫っており、俺を打ち砕くためにこん棒を振りかぶっているのが見えた。
「クッ……」
俺はパニックになりそうになる頭をどうにか御しながら、再び調停者の瞳を発動させようとする。
だが、それより早く黒い影が俺の前を通り抜け、トロルの姿が忽然と消える。
もう何度も同じシチュエーションがあったので、今さらこのことで驚くことはない。
俺のピンチに頼りになる相棒が駆けつけてくれたのだ。
「ロキ!」
「わん!」
トロルの首筋に噛み付き、巨体を地面に引き摺り倒したロキは、奴の背中に足を乗せて「とどめを!」と促してくる。
「ああ、わかってる」
ロキの最高のアシストに、俺は最大限の謝意を心の中で伝えながら、トロルの背中に浮かんだ黒いシミ目掛けてナイフを振り下ろした。




