失敗から学んでいく
色々あって会議室から解放された俺とシドは、重い足を引き摺るようにして応接間へと足を運んだ。
「――っ、わん!」
「ぷっ」
俺が一つ下のフロアに下りると、応接間の前で座っていたロキとうどんがすぐさま駆け寄って来て無事を確認するように鼻を擦りつけてくる。
「きゅ~ん、わふっわふっ」
「うん、ロキも無事でよかった」
ロキの「心配だった」という声に、俺も愛情を込めて撫でることで返す。
同じようにうどんにも労うようにいっぱい撫でた後、俺は覚悟を決めて応接間へと足を踏み入れる。
「……あっ、コーイチ様」
応接間を覗き込むと、入り口すぐ近くで冗談抜きで五歳は老け込んだのでは? と思うくらい憔悴しきった様子でへたり込んでいるフリージア様と目が合う。
随分と泣いたのか、真っ赤な目をしたフリージア様はゆっくりと立ち上がると、部屋の外へとやって来て深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。わたくしが至らぬばかりに、無様にも敵の罠に嵌り……巫女様を……クラーラ様を……」
「フ、フリージア様、ちょっと待って下さい!」
顔を覆って再び泣き始めてしまうフリージア様を、俺は慌てて手を伸ばして顔を上げさせる。
「ハバル大臣と会うと決まった時、罠の可能性は考慮していたけど、まさか部屋そのものに罠が仕掛けられているなんて、誰も予想できませんから」
「ですが……」
「ですが、はなしです」
少し失礼かと思ったが、俺はフリージア様の肩を掴み、少ししゃがんで視線を合わせると、ハッキリと彼女に言う。
「これだけは言わせてください。フリージア様だけが責任を負う必要はありません。これは、俺たち全員の責任です」
「全員の?」
「そうです。俺にも今回の責任を負わせてください。俺たちもう、仲間じゃないですか?」
「仲間…………ですか……そうですわね」
俺の言葉に、フリージア様の顔が少しだけ綻ぶ。
「こんなわたくしでも、コーイチ様たちのお仲間と認めて下さるのですね」
「勿論です。パーティは一蓮托生なんです。クラーラ様が亡くなったのは残念ですし、悲しまないで下さいなんて言いませんが、苦しみは分かち合わせて下さい」
「はい……ありがとうございます」
破顔しながら再び大粒の涙を零すフリージア様であったが、その顔は先程までの悲壮感はなかった。
「………………はぁ」
肩の荷が下りたからか、一際重い溜息を吐いたフリージア様は、佇まいを正して俺に向き直る。
「コーイチ様、改めてありがとうございます。よろしければ、クラーラ様にご挨拶して下さいますか?」
「はい、勿論です」
深く頷いた俺は、フリージア様に促される形で今度こそ応接間へと足を踏み入れる。
応接間の中には、多くの人たちが忙しなく動いていた。
シドたちが壊した窓ガラスの片づけをしている人、室内の何処から毒ガスが吹き出してきたのかを確認している人、そして、医者と思われる白衣を着た人たちがクラーラ様の様子を見ていた。
その外では、医者たちの仕事ぶりを見て、声もなく泣いているレオン王子がいた。
「……何だよ。悪いかよ」
俺が意外そうにレオン王子を見ると、彼はまだ溢れてくる涙を拭いながらクラーラ様へと目を向ける。
「婆さんは俺たち兄妹にとって、母親同然の人だったんだよ」
「……そういえば、お二人のお母様は?」
「私を産んだ時に亡くなったそうです」
俺の疑問に、レオン王子の代わりにフリージア様が答えてくれる。
「クラーラ様はあの性格でしたから、母を失った私たちに同情することなく、それはそれは厳しく躾けて下さいました」
「全くだ。俺なんか、何度叩かれたことか」
レオン王子は自分の頬を擦りながら、肩を竦める。
「というわけだ。俺みたいな人間が泣くなんて変だろ? 笑いたきゃ笑えよ」
「笑いません……笑えるはずないじゃないですか」
例え血の繋がりがなくとも、大切な人が亡くなって悲しくて泣くのは至極当然だろう。
「ですが、そんなにクラーラ様を大切に想っているなら、どうして監禁なんて真似したんですか?」
「それは叔父に……ハバル大臣に婆さんが外から来る人間に命が狙われているから、守るために塔に入れた方が良いって言われたんだよ」
命を狙われていると思った外の人物が自由騎士の俺だと知り、さらにシドからハバル大臣から守ってもらったこともあり、レオン王子は自身の考えが誤りだったことに気付き、クラーラ様を解放したのだという。
「そう……だったんですね」
レオン王子から事の経緯を聞いた俺は、彼の判断に感謝すると共に自身の考えの甘さを痛感する。
実を言うと、相手が捏血のペンターかもしれないと思った時、あのグリードの屋敷のような大掛かりな仕掛けがあるかもしれないという可能性はよぎった。
だが、いくらなんても由緒あるカナート王城内に、既に仕掛けが施されているなんてないだろうと、高を括ってしまった。
せめてペンターのことを誰かに相談していれば……敵の本拠地じゃなくても、もっと警戒していれば違う結果になっていたかもしれない。
毎度のことながら失敗からしか学べないのは情けない話だが、そんな簡単に成功体験を積み重ねることができないからこそ成長しようと思うのだ。
「クラーラ様……」
医者たちの間を抜け、クラーラ様のすぐ横に座った俺は、安らかに眠る彼女の顔を見る。
既に医者たちによってエンバーミングされたのか、安らかな表情で眠るクラーラ様の顔は傷一つなく、今にも目を開けてグズグズしている俺たちを叱咤激励してくれるかもしれない。
だが、現実はそんなことはなく、クラーラ様が二度と目を覚ますことも、フリージア様たち兄妹を抱き締めてくれることもない。
もしかしたら……なんてことを言うつもりはない。
だけど、これだけは……これだけは言っておきたかった。
「クラーラ様、あなたのお蔭で大切な家族を失わずに済みました。だからクラーラ様が守ったフリージア様たちは、俺が必ず守ってみせますから、安心して天国で見ていて下さい」
俺の声が届いたかどうかはわからない。
だがその時、クラーラ様がほんの少しだけ笑ったような気がした。




