不遜の理由は……
俺がナイフを走らせると、キン、という金属が弾ける音が周囲に響き渡る。
それは言うまでもなく、俺のナイフが赤い霧を放つ怪し気なものを切り裂いた音だ。
「うぐっ!?」
同時に、くぐもった悲鳴を上げながら獅子人族の男性が自分の右手を押さえる。
その手からは赤い血が滴り落ちている。
どうやら赤い霧の部分だけ切り取るつもりだったのだが、ついでに獅子人族の男性の指まで切ってしまったようだ。
達人のように目的の物だけ切ることができないのは申し訳ないが、そこは後でいくらでも謝罪してやるつもりだ。
ただし、それが謝罪に値する人物であるなら、な。
俺の見立てでは、今斬りつけた人物こそが諸悪の根源であるハバル大臣と思っているからだ。
後はどうにかレオン王子と協力して、カナート王に取り成してもらおう。
そう思っていたのだが……、
「こ、国王様、大丈夫ですか!?」
「おのれ人間、王への狼藉を働いてタダで済むと思っているのか!?」
「…………えっ?」
王への狼藉という単語に、俺の顔から一気に血の気が引くのを自覚する。
「こいつ!」
「もう逃がさないぞ!」
「しまっ!?」
驚いて思わず足を止めてしまった俺は、複数の兵士たちによってあっという間に取り押さえられてしまう。
後頭部を強く地面に押し付けられた俺は、必死に逃れようと手足をジタバタさせようとっするが、上に乗った三人の男たちはビクともしない。
「このっ、おとなしくしろ!」
さらに暴れようとする俺の髪の毛を掴んだ兵士が、容赦なく腕を振り下ろす。
「あがっ!?」
顔面を強かに打ち付けられた俺は、口の中に血の味が広がるのを自覚しながら、逃れるのは無理だと察してレオン王子へと目を向ける。
「おらああああぁぁ!」
会議室の机の上でまとわりついていた兵士たちを一気に引き剥がしたレオン王子は、地面へと縫い付けられている俺を見て怒り顔を浮かべる。
「おい、人間! お前……」
「大丈夫、やるべきことはやった! 後は、ハバル大臣を!」
「お、おう、わかった」
俺がやるべきことをやったことを告げると、レオン王子は一息ついて会議室の中の者たちへと目を向ける。
「…………いないぞ」
「えっ?」
「だから、この中に叔父はいないって言ってんだ!」
「な、何だって!?」
ハバル大臣がこの中にいないって、そんなことあるのか?
それじゃあ、応接間の扉を閉めていた謎の力の源は、あの赤い霧じゃなかったってことなのか?
もし、これで応接間の扉が開かなかったら、こんなところで無駄な時間を費やしている場合ではない。
「クソッ!」
俺はどうにか取り押さえられた状況から抜け出そうと暴れるが、三人の兵士たちに押さえられていてはどうすることもできない。
こうなったら、
「レオン王子!」
「わかってるよ!」
俺の叫びを聞いて、レオン王子が上に乗る兵士たちを蹴散らすため、こちらに向けて駆け出す。
すると、
「鎮まれえええええええええええええええええぇぇぇっ!!」
「「――っ!?」」
地鳴りのような大声と共に、ビリビリと会議室全体が揺れるほどの衝撃が響き渡り、俺とレオン王子は揃って驚き固まる。
「先程からガタガタと誰の前で囀っていると思っているのだ!」
「「「「ヒイイィィ!」」」」
キングリザードマンの雄叫びよりも迫力のある恫喝と、再び響き渡った部屋全体を揺らす地鳴りに、俺だけでなく上に乗って取り押さえいた兵士たちまで揃って悲鳴を上げる。
その恫喝にビビったのは俺たちだけでなく、この部屋にいた全員が恐怖で固まっており、水色の精霊も驚いてネイさんの服の中へと潜っていった。
一瞬だけ、水色の精霊がネイさんの服の何処に潜ったのかは気になったが、今はそちらに気を割くことはできない。
そんなことをすれば、すぐにでも殺される。それだけの圧が、カナート王から放たれていた。
「ふむ……」
場が鎮まりかえったのを確認したカナート王は、血が滴る右手をペロリと舐めて俺の顔を見る。
「それで……君が我が国に入ったという自由騎士か?」
「あっ、は、はい……その……」
「この手について……説明してくれるかね?」
「も、勿論です」
ハバル大臣の行方が気になるところだが、カナート王を傷付けてしまった以上、状況を説明しないわけにはいかないので、俺は震えそうになる体をどうにか御しながらぽつぽつと説明していった。
「ふむ……あの指輪に何やら怪し気な力を感じたと?」
飛ぶようにやって来た医者から指の手当てを受けながら、カナート王は俺がナイフで真っ二つにした指輪の残骸へと目を向ける。
あれからカナート王に事情を説明するため、会議室の椅子に座らされた俺は、周りを兵士に囲まれる厳戒態勢の中、今回の経緯を説明していった。
できれば説明はレオン王子にお願いしたかったのだが、彼は感情に任せて喋るだけの恐ろしいほど口下手だった。
その下手さは筆舌に尽くしがたく、とても聞いてられるものではなかったので、俺が状況説明をすることにして、代わりにレオン王子に応接間の様子を見に行ってもらうことにした。
一応、中の様子を見たらすぐに戻って来るとのことだが、俺はどうしてレオン王子があのような傍若無人な態度をとっているのか、また、それについても誰も言及しないのかを理解した。
要するに、レオン王子は既に次期王位継承権から漏れた存在で、王位は別の誰かが継ぐことが既定路線ということだ。
ハッキリと聞いたわけではないが、会議室でレオン王子が暴れた時、兵士たちが容赦なく彼を取り押さえようと動いていたところからも、この考えはあながち間違いではないと思った。
「…………」
少しの間であったが、共闘した今でもレオン王子のことは好きではない。
だが、この国の第一王子として生まれたにも拘らず、その役目を全うできないのは少しかわいそうだと俺は思った。




