キャッスルアパルトメント
翌日、俺たちはフリージア様、ターロンさんたちと一緒にクラーラ様の護衛という名目でカナート王城へとやって来た。
カナート王国の城は、フリージア様の屋敷と比べると飾り気のないシックなデザインの石造りの建物だったが、大きさは圧倒的で、俺が知る限りこの世界で見たどの建物より大きかった。
「ほええぇぇ……」
「フフフ、驚きましたか?」
子供の頃、初めて東京タワーに行った時と同じようなリアクションを取る俺を見て、隣に並んだフリージア様が城の説明をしてくれる。
「このお城は、拠点を地上に移した時に最初に建てられた建物なんです」
「さ、最初に? こんな大きな建物を?」
「ええ、そうです。といっても、最初は城を建設するつもりではなく、皆が住む大きな家を建てようとしたそうです」
「ああ、なるほど」
城の誕生の秘密に、俺は得心がいったように大きく頷く。
地上に出てもエルフが住む森に入ることが許されなかった獣人たちにとって、何より望まれたのは住む場所の確保だった。
そうなると問題となるのは、誰の家を最初に建てるかである。
王の家を最初に建てるのは問題ない。だが、次は誰の家を建てるべきか?
その質問に、きっと百人中百人が次は自分の家が欲しいと言うだろう。
だからこそ取られた方策が、最初に全員が住める家を建ててしまおうというものだった。
「当時は今より人口はずっと少なかったそうですが、それでも数百人が住める家となると、それはもう大きな家を建てる必要があったそうです」
土地も無限にあるわけでもないから、横への広がりに限界が来たら必然的に建物は上へ上へと伸ばすしかなくなる。
「石を切り出しては積み、石を切り出しては積みを繰り返して建てられた城が完成した時には、三日三晩通しで祭りが開かれたそうです」
「それは嬉しくてたまらないでしょうからね」
「ええ、我が国の記録を記した書物にも、書いた者の興奮が伝わるほど文字が躍っていました」
「ハハハ、それは見てみたいかもです」
淡々と事実だけを書くのが歴史書のはずなのに、書いた人の感情が思わず筆に乗ってしまうほど嬉しかった出来事だったのだろう。
その後、生活に余裕が出て来たところで徐々に生活スペースを広げ、幾星霜を経て今のカナート王国になったというわけだった。
ちなみに城を立てた場所は、可能な限り砂漠より遠く、涼しい場所を求めてということでエルフの森ギリギリの場所に建てられたそうだ。
一通り城の説明を終えたフリージア様は「ふぅ」と大きく息を吐いて俺たちに向かって笑いかける。
「というわけで、お城の中は豪華さよりも実用性に富んでいますので、中を見てもがっかりしないで下さいね」
「そんなことありませんよ。なあ、シド?」
「ああ、何もない不毛の大地にこれだけの建造物を造ったその功績、同じ獣人として鼻が高いぜ」
「フフフ、ありがとうございます」
俺たちの解答に満足したように頷いたフリージア様は、門番の兵士たちに挨拶をして、既に開いている扉から城の中に一足先に入る。
「さあ、どうぞ。今は盛大におもてなしはできませんが、全てが片付いたらたくさんお祝いをしましょうね」
「ありがとうございます」
その時は是非ともソラとミーファも一緒に、俺はそう思いながらフリージア様に促される形でカナート王城へと足を踏み入れた。
豪華さよりも実用性に富んでいる。
フリージア様の言葉通り、城の中は最初のロビーこそ広く豪華であったが、一つ扉を抜けるとそこはやや低い天井に決して広くない通路、そしてずらりといくつも並ぶ扉は、何処となくホテルに似ていると思った。
「さあ、こちらです」
「おおっ、広い」
両開きの扉の片方を開けてくれたフリージア様に失礼して応接間の中を覗き込んだ俺は、その広さに感嘆の声を上げる。
三階までは居住区として使われていたのでやや手狭な感じだったが、応接間は五階建ての城の四階にあり、案内された部屋は二~三十人は余裕で入れるほどの広々とした部屋だった。
中央に会議用の巨大なテーブルに椅子がずらりと並べられ、四つある大きな窓から燦々と光が差し込むので明るさも申し分ない。
石造りの建物は比較的暗くなりがちだと思っていたが、この部屋はそんなことを感じさせない開放感があった。
「ほら、何してんだい。そんな入り口で立ち止まったら迷惑だよ」
「あっ、すみません」
背後からクラーラ様の咎めるような声が聞こえたので、俺は慌ててもう片方の扉を開けて入り口を確保する。
すると、四階まで上がるのに相当体力を消耗したのか、クラーラ様は入口近くの椅子を引いて腰を掛けると、大きく嘆息しながらフリージア様へと尋ねる。
「それで、ハバル大臣との会談は何時から何だい?」
「あっ、はい、ハバル大臣は政務があるのでお昼過ぎにならないと来られないそうです」
「そうかい、なら暫く時間があるようだから、一休みさせたもらおうかね」
フリージア様から返事を聞いたクラーラ様は机に突っ伏すと、そのまま動かなくなる。
……もしかして、寝ちゃった?
規則正しいリズムで背中を上下させるクラーラ様を見ながら、俺はどうする? と皆に目で問いかける。
「えっと……」
突然の事態に、フリージア様もどうしたものかと答えに窮するが、
「まあ、いいじゃん。婆さんじゃないけど、あたしたちも少し休ませてもらおうぜ」
彼女が結論を出すより早く、シドが欠伸をしながら応接間へと入って行く。
「城の中を自由に見るわけにもいかないのなら、せめて昼になるまで休んだって問題ないだろう。違うか?」
「そう……だね」
本当は会談が始まるまでの間に城の中を色々見せてもらいたかったが、人間である俺が城内を歩き回ると色々と厄介なことになるらしく、自由に動くことは許されていない。
今回はフリージア様たっての希望で、特別に応接間だけ入ることを許されたので、彼女の面子を守るためにもそこは順守したいところだった。
「それじゃあ、少し休ませてもらおうか」
「わかりました」
フリージア様が頷くのを確認した俺は、ロキとうどんを中に入れて自分も応接間へと入ることにする。
その直前で、
「あっ、コーイチ様!」
「……ネイさん?」
まさかの留守番をしているはずのネイさんの声が聞こえ、俺は応接間へと入るのを止めて外へと出る。
それと同時に、扉が勢いよく閉まると同時に、ガチャッという鍵が締まる音が聞こえる。
「……えっ?」
突然の事態に、俺は驚きながらもドアノブを回して扉を開けようとする。
だが、やはり先ほどの音でドアに鍵がかかったのか、いくらガチャガチャとノブを回しても応接間の扉が開くことはなかった。




