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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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恥をかかせやがって

 迫りくるレオン王子を前に、俺は右目の調停者の瞳(ルーラーズアイ)に意識を集中させる。

 普段からのシドとの鍛錬のお蔭もあり、徒手空拳を主として攻めてくる相手の手足を脅威としてみなすことは難しくはない。


 だが、ここで手足だけに集中するだけでは駄目だ。


 何故なら相手の攻撃を回避しただけで、そこで終わりではないからだ。



「オラオラ、行くぞ!」


 次々と繰り出されるレオン王子の攻撃を、俺は軸足を引いて回避すると同時に後ろに跳ぶ。

 すると俺がさっきまでいた場所を、レオン王子がダンプカーのような勢いで過ぎていく。


 これが手足だけに集中してはいけない理由、凶器は手足だけとは限らないからだ。


 特にレオン王子のようなフィジカルで相手を押し潰そうとするような相手は、パンチやキックを回避しただけでは足らず、体当たりも気を付けなければいけないということだ。

 残念ながら体当たりまでは脅威として捉えられることはできないので、こうして大きく回避しているのだった。


「チッ、ちょこまかと……」


 もう幾度となく攻撃を回避されているレオン王子は、舌打ちをしながら俺のことを睨む。


「さっきから逃げてばっかりじゃないか! おい、人間。お前、やる気あるのか!?」

「やる気? さあ、どうでしょう?」


 レオン王子の質問に、俺ははぐらかすように曖昧に笑う。


「如何せん、俺と王子とでは筋力差があり過ぎますからね。殴ったら、俺の手の方が折れそうですよ」

「ああん、何言ってんだお前」


 俺の解答に、レオン王子は呆れたように眉を顰める。


「だったらその腰のナイフを使えばいいだろう」

「でも、それだと最悪、レオン王子が死んでしまうかもしれませんし……」

「ブハッ!? 俺が……お前に殺されるだって? 馬鹿も休み休み言えってんだ」


 逡巡しながら告げた一言に、レオン王子は盛大に噴き出す。


「何を心配してるか知らないが、お前が俺に勝つ可能性なんて万が一もないから安心しろ」

「そうですか?」

「そうだよ。ちょっと回避が得意だからって、調子に乗ってんじゃねえよ!」


 惚けたように話をする俺に相当苛ついているのか、額に青筋を浮かべたレオン王子は腕をグルグル回しながら鼻息荒く捲し立てる。


「安心しろ。例えお前の攻撃でどんな目に遭っても、それこそナイフの当たりどころが悪くて俺が死んでも、不敬罪で死罪にするなんて真似はしないと約束してやるよ」

「そうですか。安心しました」


 死罪はないという言質が取れた俺は、心底安心したといった様子で笑ってみせる。


「後で難癖付けられて殺されたら、堪ったものではないからですからね」

「こいつ……」


 その瞬間、レオン王子の堪忍袋の緒が切れるような音がした……ような気がした。


「お前は殺してやる。今、ここでだ!」


 怒りで顔を真っ赤にしたレオン王子は、これまでとは比べものにならない速度で突撃してくる。



 だが、俺の調停者の瞳に映る赤い光の軌跡の前では、どれだけ速くなろうと反応できる速度であれば先読みして回避することは容易い。


 それに、こうしてわざわざレオン王子を挑発してきたのには、彼を怒らせ冷静さを欠かせるためだった。

 冷静さを失えば、これまで以上に相手を崩すのが容易になる。


 つまり、何が言いたいのかと言うと、


「オラァ、死ねや!」


 汚い言葉と同時に繰り出されたレオン王子の拳を、俺はこれまでと同様に半身をずらして回避する。

 さらにそこへ、俺は追加でレオン王子の足をかっさらうように右足を出す。


「のわっ!?」


 足を引っかけられたレオン王子は、前につんのめるように体勢を崩し、そのまま転んでしまう。



「よしっ」


 俺は衆人環視の前で無様に転ばされたレオン王子を見ながら、一先ず作戦が上手くいっていることに胸をなでおろす。

 これも全て砂漠の国、エリモス王国で俺を師事してくれたメリルさんと、ライハ師匠による自分より大きな相手との戦い方の指南のお蔭だった。


 師匠たちからの指南を受けていなかったら、同じように足を引っかけてもレオン王子を転ばせることはできなかっただろう。

 それだけ俺とレオン王子との筋力差は激しく、下手すれば差し出した足が彼の巨体に巻き込まれて大怪我をしていたかもしれない。


 それを補うため、俺は安い挑発を繰り返し、レオン王子を怒らせて冷静でいられなくなるように誘導した。

 結果、レオン王子は俺の安い挑発によって、前のめりになっていたところを足を掬われて転ばされたのだった。


 これが実戦であったら、レオン王子は大人数で囲まれて串刺しにされて死んでいただろう。


 だが、生憎と今は実戦ではなく、勝負がつく方法はどちらかが死ぬか、敗北を認めるかしかない。

 流石にレオン王子を殺すつもりはないので、俺としてはここで諦めてくれると助かるのだが……、



「ただの人間風情が、この俺に恥をかかせやがって……」


 当然ながらここで諦めてくれるレオン王子ではなく、最早怒りで血管の何本か切れていそうな彼は、舞台の石の床を踏み砕く勢いで立つ。


「ここまではただの人間相手ということで手加減をしてやったが、お遊びは終わりだ」

「……来るか」


 これから起こることを予期して、俺は腰のポーチに手を伸ばし、中身の感触を確かめながら構える。


「この俺の姿を見て、恐れおののくがいい!」


 そう言ってレオン王子が短く息を吐くと同時に、彼の体が爆発的に膨れ上がる。


 上着が弾け飛び、筋肉が肥大化すると同時に全身を覆う体毛が現れる。

 それに合わせて顔の形状も変化し、鼻が縮み、口は肥大化してズラリと並んだ歯が鋭い牙へとなる。

 最後に、髪の毛がまるで意思を持ったかのように伸び、立派なたてがみへと変わる。


 そうして変わった顔は見紛おうはずがない。地球では百獣の王と呼ばれる猫型の大型動物、ライオンそのものだった。


 ただ一つ違うのは、このライオンは普通の人と同じように二足歩行する獣人だということだ。


「……はぁ、待たせたな」


 ライオン男へと変化したレオン王子は、ズラリと並んだ牙を剥き出しにして獰猛に笑う。


「喜べ人間、お前はただの肉塊に変わるまで遊んでやるよ」


 そう宣言したレオン王子は、両手を大きく広げて俺の向かって一直線に突っ込んで来た。

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