彼女の見立てでは
相棒からのまさかの一言に、俺は思わず泣きそうになってシドの方を見る。
「シ、シド……」
「おいおい、何を今にも泣きそうな情けない声を出しているんだよ」
泣きそうな声じゃなくて、本当に泣き出したいんだよ。
急に降って湧いて出た一対一での勝負、しかもシドを圧倒してみせたほどの実力者を相手に、リスクしかない戦いを強いられるとわかって平気でいられる方がどうかしている。
そもそも俺の戦闘スタイルは正面切って戦うことは向いていないし、フィジカルが強い相手ほど成す術がなくなる。
つまり脳筋プレイで、ひたすらゴリ押ししてくるレオン王子のようなタイプは、俺にとって最も苦手とする相手となるのだ。
できれば今後もそんな相手とは正面切って戦いたくない、なんて思っていると、
「……不安か?」
いつの間にかシドがすぐ近くまでやって来て、至近距離で俺の顔を覗き込んでくる。
「あたしを正面から圧倒するような奴に、自分が勝てるはずがないって思ってるのか?」
「それは……そうだよ」
ここで虚勢を張るほど無意味なことはないので、俺は苦笑しながら心情を吐露する。
「俺、今までシドに一度もまともに勝ったことないのに、そのシドより強い奴に勝てなんて無理な話だよ」
「そうか? あたしはそうは思わないけどな」
そう言ってシドは、腕を俺の肩に回して自分に抱き寄せる。
途端、シドの髪から花のような優しい香りと、女性特有の柔らかい感触に思わず顔が赤くなるのを自覚するが、彼女は特に気にした様子もなく俺をぐいぐい引っ張る。
「な、何?」
「いいから、内緒話するにもここじゃ奴に聞こえるだろ?」
「ああ……」
そう言われて俺は、これからする話はレオン王子に聞かれたくないことだと察する。
「…………」
そのレオン王子は、俺とシドがくっついた途端に明らかに不機嫌になり、今にも襲いかかって来そうな勢いで睨んでくる。
だが、先程のシドの「内緒話をする」という声が聞こえたからか、今ここで彼女に嫌われるわけにはいかないレオン王子は、憤怒表情で睨んでいるが、何かを言ってくる気配はない。
もし、レオン王子の手の中にハンカチがあったら、悔しさで「ぐぬぬぬ……」とか言いながら歯で千切っていたかもしれない。
そんなありもしない姿を想像し、少しだけ優越感に浸った俺は、レオン王子から十分に距離を取ったところで、シドに小声で話しかける。
「……それで、話って?」
「コーイチがあいつに勝てるかどうかって話だよ」
シドはちらと背後を見て、レオン王子が動いていないことを確認してから小声で話す。
「勝算の話だよ。あたしはコーイチならあいつに勝てると思ってる」
「ほ、本当に?」
「本当だよ。何だよその顔は、もう少し自信を持てって」
余程情けない顔をしていたのか、シドは破顔して俺の頬を拳でグリグリしてくる。
「だけど、コーイチが奴に勝つにはある条件が必要だ」
「条件?」
「ああ、それはな?」
ニヤリと獰猛に笑ったシドは、俺の耳に顔を寄せると、レオン王子に勝てるとっておきの方法を話してくれた。
結局、俺はシドに押し切られる形で、レオン王子との決闘を受けることになった。
俺が勝負を受けると言った途端、レオン王子は非常に嬉しそうに破顔すると、
「とっておきの舞台を用意してやるからな」
そう言って現れた時と同じように、身勝手に地下の集落から去っていった。
尚、ロキにやられて動けない仲間を見捨てていったのだが、これも日常茶飯事なのか、意識取り戻した男たちは何食わぬ顔で立ち去っていった。
こうしてどうにか地下の安寧は守られたのだが、代わりに俺の方は大変なことになった。
後日、ターロンさんからレオン王子との決闘は、カナート王国の王城内にある闘技場で行われることになったという。
期日は三日後、それまでに準備や体調管理をしっかりしておけとのことだが、
「怖気づいたのだったら、当日までに尻尾を撒いて逃げ出すがいい」
という余計な伝言まで付いていたが、当然ながら逃げるわけにはいかなかった。
ターロンさんによると、あれから地下の入口近くにレオン王子の部下がキャンプを張るようになったという。
理由は俺の逃亡を阻止するため……ではなく、シドが逃げないように見張っているのだという。
万が一、俺がシドを連れて逃げようものなら、レオン王子の部下たちが総出で追手がやって来るだろうとのことだ。
尤も、こっちはそんな気はサラサラないので、レオン王子の部下には申し訳ないが、精々無駄な時間を過ごしてもらおう。
そうしてレオン王子との約束の期限である三日は、あっという間に訪れた。
朝のいつものルーティンを終えた俺は、ルーティンの様子を見守ってくれた大切な家族たちへと声をかける。
「それじゃあ、いってくるよ」
「……はい」
「おにーちゃん!」
笑顔で声をかけると、ソラとミーファが駆け寄って来て俺へと抱き付いてくる。
「どうか……どうか無事に戻って来て下さい」
「おにーちゃん、がんばってね」
「うん、二人共ありがとう」
俺もお返しとばかりに、二人のことをギュッと抱き締める。
これから先は何が起こるのかわからないので、万が一を考えてソラとミーファ、そしてうどんは地下でお留守番をすることになっている。
ソラたちを置いていくのは最後までどうすべきかどうか悩んだが、ターロンさんが彼女たちの面倒を見てくれるとのことなので、彼とその部下の人たちに任せることにした。
それに決闘を終えた数時間後には戻ってくるつもりなので、今回はそこまでしんみりする必要はない。
それでも俺は、二人の体温と心音を確かめるように思いっきり抱き締める。
この温もりをもう一度確かめるためにも、絶対に無事に帰ってこようと思う。
十分に二人の温もりを感じた俺は、
「…………よし」
名残惜しいと思う気持ちを断ち切るように気合のかけ声を上げると、二人から距離を取って笑いかける。
「ありがとう。元気をもらったよ」
「コーイチさん、ご武運を」
「ごぶんを!」
「うん、いってきます」
俺は最期にソラとミーファの頭を優しく撫で、うどんに二人のことを頼むと言って、お腹に包帯を巻いてネイさんに支えられるようにして立っているシドに話しかける。
「行こう」
「ああ、生意気な坊ちゃんにコーイチの真の実力見せてやろうぜ」
そう言って突き出されたシドの拳に、俺も拳を突き出して合わせると、ニヤリと笑ってみせた。




