ママのいい人は?
ソラが作った雛菊のミートパイはとても好評で、地下に住む獣人たちは誰もが笑顔を見せて喜んでくれた。
「これで残るはママだけですね」
残り少なくなったバスケットの中身を見ながら、ルルちゃんが嬉しそうに破顔する。
「私がこんな素敵なミートパイを作れるようになったらママ、喜んでくれるかな?」
「モチロン、間違いなく喜んでくれるよ」
「フフフ……」
まだソラと話が付いていないが、それでもルルちゃんのこの笑顔を守るためにも必ずこの約束を守ってみせようと思う。
「そういえば……」
ミミさんと言えば気になったことがあったので、ルルちゃんに尋ねてみる。
「特に話を通してないけど、いきなりミミさんのところに尋ねて大丈夫かな?」
「えっ? 何かいけないことでもあるんですか?」
「いや、ほら……ミミさんって仲良くしている男の人がいるんじゃない?」
昨日、ミミさんを見かけた時、彼女を支えるようにして歩く男性がいた。
確かファンさんって名前だったと思うけど、もしかしたら二人で仲睦まじく過ごしているところを邪魔してしまわないだろうか?
「……ああ、確かにいますね」
ルルちゃんもファンさんのことを思い出したのか、上を向いて考える仕草をする。
ないとは思うが、もし二人で愛し合っている時に尋ねてしまったら、色々と気まずい状況になってしまう。
そう思っての提案だったのだが、
「でも、大丈夫だと思いますよ」
ルルちゃんは特段気にした様子もなく、あっさりとした様子で話す。
「だってあの人、普段はこの地下にはいませんから」
「えっ、そうなの?」
「はい……知りませんでしたか?」
「う、うん、知らなかった」
昨日見た時、ファンさんは片足がなかったはずだが、外に出ても大丈夫なのだろうか?
いや、でも俺と違って指名手配犯状態というわけではないだろうから、別に地下に籠っている必要はないのか。
そんなことを考えていると、
「あの、もしかしてですけど……」
何かを察したルルちゃんが遠慮がちに質問してくる。
「もしかして、ファンさんがミミさんのお付き合いしている男性だと思っていませんか?」
「えっ、違うの?」
「違いますよ。お二人共外に出るのに苦労するので、時々ああして互いを補う形で散歩しているんです」
「な、なるほど、あれは散歩だったのね」
「そうですよ……なんかコーイチさんの反応が変だと思ったんですよね」
確かにちょっと話が噛み合っていないなとは思ったけど、すぐさまそのことに気付くとはルルちゃんは中々の慧眼の持ち主である。
となると、当然ながら気になるのはミミさんの本当にお付き合いしている人である。
「ねえ、ルルちゃん。結局ミミさんのお付き合いしている人って誰なの?」
「もう、鈍いですね。コーイチさんも知ってる人ですよ」
「えっ、ええ!?」
そう言われて俺のカナート王国での知り合いとなると、かなり限られてくる。
それに普段は地上で働きながらも、好きな人のために巫女派になり、地下へ物資を運ぶ人の心当たりがあり過ぎる。
必然的に導き出される答えは限られてくるが、俺は念のためにルルちゃんと答え合わせをする。
「あの、その人ってやっぱり……ターロンさん?」
「はい、そうです。ターロンさん、ミミさんにメロメロですから好きになっちゃダメですよ」
「ハハハ、その心配はないって」
「そうですよね。そんなことしたら、シドさんやソラさんが黙っていませんよね」
「ハハ……ハハハ……」
ルルちゃんの鋭すぎる指摘に、俺は乾いた笑い声を上げるしかなかった。
ミミさんの家は、地下の集落の中でもかなり上の方にあった。
その理由は、ターロンさんが会いに行きやすくなるため……ではなく、目は見えないミミさんではあるが、光を感じることはできるそうで、昼夜の感覚を掴みやすくするために陽の光が差し込む上層部に居を構えているとのことだった。
「……ふぅ、皆、大丈夫かい?」
上層へと続く長い階段を登っている最中、俺は後ろを振り返って皆の様子を見る。
「どうする? 一回何処かで休む?」
「だ、大丈夫です。なあ、皆?」
俺のすぐ後ろを歩くバド君が汗を拭いながら子供たちへと声をかけるが、
「ふぅ……ふぅ……ちょっと休みたいかも」
「そう……ね。ちょっと疲れたわね」
「だってさ、おにーちゃん」
「ぷぷぅ」
旅慣れしているミーファとうどんはまだまだ平気そうであったが、モス君とルルちゃんの二人は流石に疲労の色が濃そうであった。
「そうか……」
階段を上り始めて三分ほどだが、ようやく三分の一ほど登ったくらいで、ミミさんの家がどの辺にあるかわからないが、陽の光が差し込む場所となると同じくらいは登らないとダメだろうから、ここは無理せず一度休んだ方がいいだろう。
俺は周りを見て、何処か休めるところがないかを探しながら子供たちに話しかける。
「それじゃあ、ここらで少し休もうか」
「ええ、でもコーイチ兄ちゃん」
「バド君、実はこのバスケットの中には、ミートパイの他に皆のおやつも入っているんだよ」
「……えっ?」
おやつと聞いてバド君の目の色が明らかに変わり、丸くて短い尻尾がパタパタと揺れ始める。
狸人族でも、他の獣人たちと同じように嬉しいと尻尾が揺れるんだな、なんて思いながら俺はバド君へとある指示を出す。
「本当はパイを配り終えたご褒美にあげる予定だったんだけど、ここまで頑張ってくれたから、少し早めにお茶にしようよ」
「で、でも、ママが……」
「優しいミミさんならそんなことで怒りはしないよ。それよりせっかく尋ねに来てくれた皆が疲労困憊だったら、余計心配しちゃうだろ?」
「そ、それは確かに……」
「だろ? だからここでちょっとだけ休んで、皆で元気な姿を見せてあげよう」
「……わかった。じゃあ、休める場所探してくるよ」
「お願いできるかな?」
「任せろ」
こうと決めたら即断即決できるのがバド君のいいところで、彼は俺にサムズアップをしてみせると、早速近くの空き家の様子を見に行ってくれた。
「というわけだ。皆、ちょっとここで休もうか?」
その呼びかけに反対意見が出ることはなく、俺たちはバド君が見つけてきた空き家で休憩を取ることにした。
子供たちのおやつを用意されたのは、ドライフルーツの入ったケーキで、これはネイさんが用意してくれたものだった。
「おっやつ~、おっやつ~」
独特のリズムで歌を歌いながら、ミーファが大口を開けてドライフルーツのケーキの齧り付く。
「あま~い、おいしい~」
「ハハハ、そいつはよかった」
俺は全員のお茶を用意しながら、姿勢を正して座っている子供たちに笑顔で話しかける。
「ささ、遠慮せずに食べていいよ」
「そ、それじゃあ……」
「いただきます」
「……ます」
ルルちゃんたちはそれぞれ顔を見合わせて頷き合うと、ドライフルーツのケーキへとおそるおそる齧り付く。
「「「――っ!?」」」
余程おいしかったのか、ケーキを食べた三人は特にこれといった感想を口にすることなく、夢中になってケーキを貪り、お茶を飲んでいく。
「フフッ、喜んでもらって何よりだ」
俺が作ったわけではないが、それでも子供たちの笑顔を見て、つられて俺も笑顔を零す。
ついでに俺もドライフルーツのケーキをいただこうかと思っていると、
「ぷぷぅ」
うどんが俺の肩にトトト、と素早く乗って来て何事かを耳元で囁いてくる。
「……えっ? 集落に誰か来た?」
「ぷっ」
何者かの気配を察したのか、うどんは「どうするの?」と子供たちに聞こえない声で囁いてくる。
今日はターロンさんだけでなく、フリージア様も来る予定がないということだから、これは予定外の訪問者ということだ。
誰が来たかわからないが、もし、子供たちに危害を与えそうな集団だったら、このまま鉢合わせするのはよろしくない。
シドも怪我で動けない以上、俺たちを除いて戦力となるのはロキだけだが、彼女は何が起きても大丈夫なようにシドの近くにいてもらっているので、今から呼びに行く暇はない。
本当は表立って行動したくなかったが、
「仕方ない。ここは俺たちで様子を見に行くか」
「ぷぷぅ」
俺の提案に、うどんは「任せて」と頼もしいことを言って頬ずりしてくる。
うどんのふわふわの毛皮と温もりに勇気をもらった俺は「ちょっと外の空気吸ってくるね」と子供たちに断りを入れ、うどんを連れて階段を駆け上がっていった。




