許せないのは……
好きな人のために人とは違う生き方を選択する。
それを誰が笑うことができようか。
好きな人のためなら自分の考えを曲げることを厭わない強さこそ褒めるべきだと思うし、俺もそんな生き方に憧れる。
何故なら俺は今までもこれからも、好きな人を守れるように強くなりたいと願っているからだ。
「…………」
俺はベッドの上で静かに眠るシドを見ながら、どうしてその場に自分がいなかったのだろうと思う。
あれからフリージア様には、今後のことについて改めて話をする場を設けてもらい、ターロンさんと一緒に本来の用事であるウォル爺さんとの会合に向かってもらった。
申し訳なかったが、ミーファにはシドの看病をするから遊びには行けないと断りを入れ、彼女にはルルちゃんたちと遊んでもらうことにした。
保護者としてネイさんとロキとうどんに付いていってもらっているので、万が一何かが起こるということもないと思うが、一先ず俺は宣言通りシドの看病に専念させてもらっていた。
…………といっても、医者の知識など皆無な俺にこれといって何か特別なことができることもないので、シドに何か異変が起きないかどうかを見守り続けることしかできなかった。
「……シド」
もう何度目になるかわからない彼女の名前を口にしながら、俺は規則正しいリズムで動いているシドの胸元を見る。
眠るシドの胸からお腹にかけて包帯が巻かれており、医者としての知識もあるネイさんによると、肋骨が三本は折れているとのことだった。
俺の中で常に最強の位置にいたシドをこんなにも……しかも、たった一撃でここまでの怪我を負わせたのは、王子派のトップであるフリージア様の兄、レオン王子だと言うから、その裏で俺とフリージア様との邂逅があったというのは何とも奇妙な巡り合わせである。
聞いた話だとレオン王子は、王の力である獅子人族の力、人から獣の姿に変身する能力を使ってシドを倒したという。
どうやら獣人の中でも王のように特別な存在になると、自身を獣の姿へと変えることができるようだ。
「もしかして、シドも……」
獣人王の娘で、王といっても差し支えの無いシドなら、狼人族の力を解放して本物の狼になったりするのだろうか?
例え狼になったとしても、シドならきっと美しいんだろうな……、
などと考えていると、
「うぅ……ここは」
意識を取り戻したのか、シドがゆっくりと目を開ける。
「……コーイチ?」
「シド! 目を覚ましたのか!?」
「あ、ああ、ここは……」
まだ意識が朦朧としているのか、不思議そうな顔をしたシドはゆっくりと起き上がろうとするが、
「痛っ!?」
「シド!」
動き出した途端に顔をしかめて蹲るシドを、俺は慌てて支え、ゆっくりと寝かせてやりながら説明する。
「無理に動いちゃダメだ。今のシドは肋骨が折れているんだから」
「こ、骨折……あたしが?」
「そうだよ。覚えてない? この国の王子に打ちのめされたって聞いたけど」
「うっ、そう言えば……あぐっ!?」
そこでようやく曖昧だった記憶が痛みと共に戻ったのか、シドは胸元を押さえて背中を丸めて蹲る。
「そっか、あたし……」
負けたことが余程ショックだったのか、シドは蹲ったまま微動だにしない。
もしかしてシド、泣いてる?
だとすれば慰めてあげたい……けど。
こういう時、傷心の女の子に軽々しく話しかけていいものだろうか?
「…………」
我ながら情けないと思うが、俺は何度かシドに手を伸ばしかけては元に戻すという動作を繰り返す。
すると、シドが尻尾を器用に動かして俺の腕に絡めてくる。
「……コーイチ」
「あっ、はい、な、何でしょう……」
顔は相変わらず伏せたままなのでどんな表情をしているのかはわからないが、それでも声の雰囲気からシドが怒っているのを察した俺は、おそるおそる彼女に尋ねる。
「あ、あの……ここは慰めても良かったところでしょうか?」
「そうだよ……全く、コーイチのバーカ」
唇を尖らせて呟いたシドは、首を巡らせて俺のことをジロリと睨む。
「うっ……」
シドと目が合った俺は思わず息を飲む。
それは睨むと言っても、怒りを込めているというより不貞腐れたといった様子で、一言で言うと目を見張るほど可愛いと思った。
そんな愛らしい顔を見せられたら、俺も男として黙っているつもりはなかった。
「シド……」
俺はゆっくりと右手を上げると、
「ふごぉ!」
自分の頬を思いっきり殴り飛ばす。
「…………痛ぅぅぅ」
「――っ、コ、ココ、コーイチ!?」
「だ、大丈夫」
心配して起き上がろうとするシドを、俺は手を伸ばして彼女の肩を押さえてその場に押しとどめる。
加減無し、思いっきり殴り飛ばしたので、目から火花が散ったかのようにクラクラするが、お蔭で一気に目が覚めた。
俺は口から流れ出てきた血を拭いながら、シドへと向き直る。
「シド、実は俺……今、猛烈にムカついていたんだ」
「ムカついて……いた? な、何に?」
「何って決まっているだろ。シドをこんな目に遭わせたそのレオンって奴にだよ」
シドの命が無事だったことで少し消沈していたが、ここに戻って来た彼女を見た時、最初に沸いた感情は怒りだった。
ずっとインドア派で、ケンカなんかまともにしたことがなかった自分に、まさかこんな感情があったとは思わなかったが、きっとこれが家族を守りたいと願う者の気持ちなのだろう。
「そしてそのレオンって奴だけじゃなく、自分自身にもムカついたんだ」
俺にとって大事な……かけがえのない人が誰かに傷付けられて許せないという大事な気持ちを、ターロンさんにシドの命には別状はないという話を聞いただけで安心し、今まで忘れていたなんて自分の愚かさに本当に腹が立つ。
「だから今のは、そんな愚かな自分自身の罰のつもりで殴ったんだ」
「で、でも、それはあたしが勝手に……」
「そんなこと知らないよ。これは俺自身の気持ちの問題なんだ」
気圧され、唖然としているシドに、俺は拳を振り上げて自分の想いを告げる。
「当然ながら、俺はこのままレオンを許すつもりはないよ。だからレオンって奴に会うことがあれば、容赦なくぶちのめすよ」
「容赦なくぶちのめすって簡単に言うな……」
俺の決意を聞いたシドは、余りにもばかばかしいと思っているのか、呆れたように笑う。
「相手はあたしが本気で蹴り飛ばしてもピンピンしているような化物だぞ?」
「知ったことじゃない。その辺は気合と努力でカバーしてみせるさ」
「それって何もないのと変わりないじゃないか」
俺がただの勢いだけで決意を語っていると知ったシドは、心底呆れたように笑う。
「だけど、それでこそあたしのコーイチだな」
そう言ったシドはゆっくりと身を起こすと、手を伸ばして俺の胸ぐらを掴むと、自分の方へ引き寄せる。
「お、おい、シド……」
「別にいいだろう。これくらい……」
ゆっくりと目を閉じたシドは、そのまま唇を重ねようとするが、
「……何をしているのですか?」
「「――っ!?」」
部屋の入口から全ての感情を失ったような底冷えする声が聞こえ、俺とシドは弾けたように距離を取ると、揃って声の方へと目を向ける。
そこには予想通り、シドのご飯を持って来たと思われる笑顔のソラが立っていた。
「姉さんも、コーイチさんも、今はこんなことをしている場合じゃないと思うんですよね」
「は、はい……」
「すみませんでした」
それから懇々と小言を言い続けるソラに、俺とシドはただひたすら謝り続けた。




