不誠実な誠実さ
こうして始まったのが、二人の少女による俺の取り合いであった。
「いたたた……ちょっと、二人共待って」
そろそろ本当に腕が限界に近いので、俺は二人の少女に聞こえるように大きな声で話しかける。
「フリージア様、とりあえず俺はあなたと結婚するつもりはありません」
「ううっ、そう……ですか」
きっぱりと断りの言葉を告げたことが功を奏したのか、それとも最初からそこまで本気ではなかったのか、フリージア様はあっさりと引き下がってくれる。
「ミーファも、これ以上引っ張るとお兄ちゃんの腕が取れちゃうから引っ張るのは止めて」
「あうぅ……ごめんなさい」
普段は俺に対してはわがまま言い放題のミーファだったが、俺がいつもと違う調子で怒ったことでただごとではないと思ったのか、シュンと肩と一緒に耳と尻尾も垂らして力を抜くと、トボトボと歩いて俺の服の裾を引いてくる。
「ごめんなさい、おにーちゃん。ミーファのこときらいになった?」
こんなことぐらいでミーファのことを嫌いになることなんて絶対に有り得ないのだが、小さな天使には殆ど初めて俺に怒られたことの衝撃は大きかったようだ。
「ううん、なるわけないだろ」
俺はかぶりを振って手を伸ばしてミーファを抱き上げると、愛情を示すように頭を優しく撫でる。
「俺がミーファのことを嫌いになることなんて絶対にないよ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だ。これからもずっと一緒だから安心していいよ」
「うん!」
嬉しそうに満面の笑みで頬ずりしてくるミーファ宥めながら、俺は呆然とこちらを見ているフリージア様へと向き直る。
「というわけです。フリージア様、俺は結婚するなら最低でもこれぐらいの信頼関係を築きたいと思っています」
「そうですか。信頼関係……」
俺とミーファの仲睦まじい様子を見て、フリージア様は諦念したように大きく嘆息する。
「確かにわたくしも急ぎ過ぎたかもしれませんね」
「本当ですよ。そんな簡単に、結婚するとか言ってはいけませんよ」
王族であるフリージア様には結婚とは政治手段の一つなのかもしれないが、一般庶民である俺からすれば、結婚はやはり今後の人生を大きく左右する一大イベントである。
視界の隅でバド君が大きく頷いているのに気付いて思わず苦笑が漏れたが、俺は改めてフリージア様に質問する。
「ところでフリージア様、どうして俺と結婚したいなんて話になったのですか?」
「そ、それは……」
俺からの質問に思わずフリージア様の表情が曇る。
それは初めて見せるフリージア様の困ったような、自信に満ちていた彼女が見せた弱気な表情だった。
それを見て俺は、もしかしてカナート王国内で秘密裏に争っている二つの派閥、王子派と巫女派でフリージア様率いる巫女派は、劣勢に立たされているのではないかと思った。
もしそれが事実なら、エルフに会うことは益々困難になってしまうのではないだろうか?
カナート王国とエルフとの全面戦争を回避するためにも、やはりここはフリージア様属する巫女派に協力することが正解なのだろうか?
そんなことを考えていると、
「すまない邪魔するぞ!」
息を切らしたターロンさんが、慌てた様子で部屋の中に入って来る。
「ターロンさん?」
何やらただごとではない気配を察し、俺はミーファを地面に降ろしてターロンさんへと向き直ったところで、彼の背を見て顔から血の気が引くのを自覚する。
「シド!?」
「騒ぐな。命に別状はない」
慌てて飛び付こうとする俺を、ターロンさんは大きな手を前に出して静かな声で話す。
「とりあえずシドを寝かせたい。彼女の寝室に案内してもらえるか?」
「は、はい……」
一先ず命の危機はないと聞いて少し冷静になった俺は、ターロンさんをシドの寝室へと案内することにした。
ぐったりとしたシドをベッドに寝かせ、後の世話をソラたちに任せたところで、ターロンさんが俺に向かって深々と頭を下げてくる。
「すまない、俺が付いていながらこんなことに!」
「あっ、いえ……大体の事情はソラから聴きましたから」
ソラによると、ターロンさんは皆を守ろうと最善を尽くしてくれたのに、シドが自ら危険に飛び込んでいった結果、怪我をしたという。
「まあ、大まかに言えばそうなんだがな」
ちらと背後を振り返ったターロンさんは、早く説明しなさいと三白眼でこちらを睨んでいるフリージア様を見てバツが悪そうに後頭部を掻く。
「もしかしなくても、俺の立場とか聞いたか?」
「……ということは、ターロンさんは巫女派の人ってことですか?」
「そういうことだ。といっても、殆ど名目上だがな」
ターロンさんは肩の荷が下りたように大きく息を吐くと、自分が巫女派になった経緯を話す。
「ご存知の通り、俺は外で仕事をすることが多いからな。どうしてもこの地下の人たちと接する機会が多いからな」
「だから巫女派に?」
「ああ、巫女派になればフリージア様から直接支援してもらえるから、地下の奴等に少しはマシな生活を送らせてやれると思ってな」
「そう……ですか」
ターロンさんの至極真っ当な理由に、俺は猛烈に感動していた。
カナート王国では、怪我や病気でハンデを負った者は見捨てても構わないという風潮が当然と思ったが、そう思わない人もいるということだ。
そう考えれば、カナート王国で初めて会った人がターロンさんで良かった。
そう思っていると、
「コーイチ兄ちゃん、騙されちゃいけないぜ」
頭の後ろで腕を組んだバド君が俺の横にやって来て、ぶっきらぼうに話し出す。
「ターロンおじさんが巫女派になった本当の理由は、ここにおじさんが好きな人がいるからだぜ」
「えっ?」
その一言に思わずターロンさんの方へと目を向けると、
「……ま、まあ、そういうこともあるかもな」
図星だったのか、赤い顔をしたターロンさんは、気まずそうに俺たちから視線を逸らした。




