食卓に咲く花
昼食をご馳走になる代わりにシドたちが店の手伝いを買って出ると、三人の美人の売り子の効果もあってか、いつもより多くの客が買い物にやって来た。
最後は買い物から戻ったターロンも店の手伝いに参加し、午前中の売り上げはマーリンが店を開いてから過去最高のものになったという。
正午を報せる鐘の音が聞こえたと同時に店を閉め、シドたちは木の幹の中にあるターロンの家へと招待された。
「さあ、お待たせ」
切り株で造られた何ともメルヘンなテーブルの上に、マーリンが鉄製の底の浅い幅広の鍋をドン、と勢いよく置く。
「わぁ、キレイ……」
鍋の中を見たソラが、興奮したように頬を紅潮させる。
パエリア鍋のように平たいがやや深さのある鍋の中には、糸のように細く伸ばしたパイ生地によって綺麗な模様が描かれていた。
表面はパイ生地で覆われているので中身までは見えないが、辺りに漂う食欲をそそる匂いに双眸を細めながらソラはマーリンに尋ねる。
「カナート王国の名物料理は、パイ料理なんですね」
「そうさ、これがこの国の名物料理、雛菊のミートパイだよ」
「雛菊? もしかして料理に花を使っているのか?」
「いやいや、そんなわけないだろ」
思わず顔をしかめるシドに、マーリンはカラカラと笑いながら料理の説明をする。
「これは雛菊を使っているんじゃなくて、雛菊を模しているだけだよ。ほら、そう言われるとそんな気しないかい?」
中心に丸い円があり、そこから放射状に広がっていく様は、言われれば確かに雛菊に見えなくもなかった。
あまり花に詳しいわけではないが、それでもマーリンの言わんとするところを理解したシドは、腕を組んで静かに頷く。
「まあ、確かに雛菊に見えなくもない……か」
「だろ? 形が不格好なのは、ちょいと時間がなかったからで本当はもっと丁寧に、それこそ花嫁修業と思って丹精込めて作るんだよ」
「なるほど……」
花嫁修業と聞いて、シドはおとがいに手を当てて考える。
もし、このパイを完璧にこなせることが出来たら、浩一は喜んでくれるだろうか?
優しい彼のことだから、間違いなく喜んでくれるし、何なら思わず赤面してしまうような一言も言ってくれるかもしれない。
そこまで考えたシドは、少し不格好なパイを指差しながらマーリンに尋ねる。
「なあ、これってあたしにも作れるかな?」
「できるさ。こいつの特徴は、根気さえあれば誰にも作れる単純さがウリだからね」
それは果たしてウリなのかと思わざるを得ない一言であったが、マーリンは気にした様子もなくナイフで大胆に雛菊のパイを切っていく。
サクサク、と小気味いい音を立てながらパイを切って持ち上げると、ソースのかぐわしい香りと共に中から真っ赤なひき肉の層が現れる。
そのまま持ち上げると再びパイ生地が現れ、その下からまた赤色のひき肉の層が、さらにもう一層、同じようにパイ生地とひき肉が重ねられた三階層のパイが姿を現す。
「おおっ!」
「綺麗……それにおいしそう」
「だろう? こいつは赤いけど、マサナっていう野菜の色で赤いだけで見た目に反して辛くないから、子供でも安心して食べられる一品だよ」
説明をしながら手早く全員分のパイを切り分けたマーリンは、全員に配膳してニッコリと笑う。
「さあ、食べておくれ。見た目はともかく、味は保証するからさ」
「ああ、いただこう」
シドたちは揃って食膳の祈りを捧げると、手掴みで雛菊のパイへと齧りつく。
「――っ!? うん、美味い!」
「はい、マサナという野菜の効果なのか、お肉の味がとっても引き立っていますね」
「それにこのお肉、全然クセがなくて全く獣臭くないですね。一体、どんな調理をしたらこんな上品な味わいになるのでしょうか?」
単純な感想を言うシドとは違い、料理が得意なソラとネイは、おいしさの秘密を少しでも解き明かそうと、細部まで観察するように食していく。
だが、そんな二人とは対照的に、大口を開けてあっという間に一枚目のミートパイを食べたシドは、頬にパイの破片を付けたまま嬉しそうにマーリンに皿を差し出す。
「こんな美味いパイ初めて食べたぜ。おかわりもらえるか?」
「はいよ、こっちとしてもそんなに気持ちよく食べてもらえると、嬉しくなっちゃうね」
マーリンは二切れパイを用意すると、一つはシドに、そしてもう一つは同じように食べ終えていたターロンへと渡す。
「フフッ、これはまるでウチのバカ息子がもう一人増えたみたいだね」
「うぐっ!?」
勢いよく二つ目のパイに齧りついていたシドは、マーリンからの一言に驚いて喉を詰まらせる。
「ゲホッ……ゲホッ、ゲホッ! い、いくら何でもあたしとこいつが一緒って酷くないか?」
「そうだぜ母さん、俺も流石にシドと一緒は嫌だぜ」
二人は同時に抗議の声を上げながら、同時に互いのことを指差す。
だが、そんな態度がマーリンにとっては面白かったようで、
「ほら、やっぱりそっくりじゃないか」
揃って不満そうな顔をシドたちを見て、マーリンはカラカラと声を上げて豪快に笑った。
ちょっとした揉め事があったりもしたが、マーリンが用意した昼食はあっという間にシドたちの胃袋に消えた。
「お母様、今日はおいしいご飯をありがとうございました」
「いやいや、喜んでもらえて何よりだよ」
行儀よく礼を言うソラに、マーリンは気にしていないと手を振りながら小さな紙片を取り出すと、彼女へと手渡す。
「これが雛菊のパイのレシピだよ。よかったら、これで噂のコーイチ君に作ってやるといいさ」
「あ、ありがとうございます!」
「あっ、おい!」
てっきり自分がレシピを教えてもらえると思っていたシドは、抗議の声をマーリンへとあげる。
「そいつのレシピは、あたしに教えてくれるんじゃなかったのか?」
「それでもよかったけどシドちゃん、あんた普段は全く料理しないだろう?」
「そ、それは……」
マーリンの鋭い指摘に、シドは思わず言葉を詰まらせる。
シドは別に料理ができないというわけではない。
グランドの街の地下では、ソラが体調不良の時は代わって作っていたし、浩一のためにサブラージのレシピを聞いて彼が満足するほどの一品を作ってはみせた。
ただ、旅に出てからは食事はソラが全部作ると言っているし、質も手際も彼女にはとても敵わないので、ここ数カ月は包丁すら握ったことはなかった。
先程の食事風景からそんな姉妹の関係を見極めたマーリンは、肝心のレシピはソラに託すことにしたのだった。
その代わり、
「シドちゃん、あんたは雛菊のパイの表面を綺麗に作ることに尽力しな。それなら、ソラちゃんに負けず劣らずのものができるだろう?」
「…………そうだな」
確かにそれなら皆が納得いく一品ができるだろうと察したシドは、マーリンに向かって頷いてみせる。
「わかった。きっと綺麗で見事な雛菊を咲かせてみせるよ」
「その意気だよ。大丈夫、料理は腕じゃない。心だよ」
「わかってる」
シドはマーリンから差し出された手を握ると、そのまま意気投合したように熱い抱擁を交わす。
シドがターロンと似ているということは、マーリンとも似ているということでもある。
「フフフ、本当……お二人共、とてもよく似ていますね」
そのことに気付いたネイは、人知れず口に手を当ててクスクスと笑っていた。




