肝っ玉ママ
ターロンの案内でやって来たカナート王国のマーケットは、最初に見た広場と変わらない花と緑豊かな空間が広がっていた。
「とりあえず、料理に関する品を探すならここだな」
そう言ってターロンが案内するのは、巨大な木の幹の下に空いた空間に設けられた商店だった。
「いらっしゃい……あら、ターロンじゃないか」
店前に立ったシドたちを見て店の中から出てきたのは、赤いエプロンを身に付けた恰幅のいいターロンと同じ丸い耳に長い尻尾を持つ、虎人族の中年の女性だった。
「どうしたんだい? こんなに早く顔を出すなんて、まだ仕事の途中じゃないのか?」
「あ、ああ……実は客を連れてきたんだ」
「客?」
何故か歯切れが悪い様子のターロンを気にする様子もなく、虎人族の女性は興味深そうに覗いているシドたちに目を向ける。
「あらあらあら、これは可愛らしいお客様たちだ。あまりに見ない顔だけど何だい? もしかしてターロン、あんたのコレかい?」
「い、いやいや、違うから」
小指を立ててニヤリと笑う虎人族の女性に、ターロンはたじたじと慌てたように「違うから」と何度も慌てたように言い訳をする。
「……もしかして」
すると、ターロンの様子から何かに気付いたソラが虎人族の女性におそるおそる尋ねる。
「おば様はターロンさんのお母様ですか?」
「そうだよ。私はマーリン、このデカいのを産んだ母親で、この店の店主さ」
マーリンと名乗った女性は、恰幅のいい腹を揺らしながら恐縮した様子のターロンの背中をバシバシと強く叩く。
「それにしてもお母様だなんて、お嬢ちゃん、もしかしていいところのお嬢様かい?」
「あっ、いえ、そんな……」
「冗談だよ」
慌てて否定しようとするソラを、マーリンは気にしていないと快活に笑って彼女の肩を抱き寄せる。
ついでに頭の上の三角形の耳に口を寄せると、そっと小さな声で話しかける。
「お嬢ちゃんが何者か聞かないけど、咄嗟に質問されても顔に出たらダメだよ」
「……す、すみません」
僅かに見せた態度から一瞬で何か訳アリであると察したマーリンの気遣いに、ソラは恐縮しながら頭を下げる。
「でも、私は本当に何でもない、ただの狼人族なんです」
「そうかい、じゃあご両親に大切に育てられたんだね」
「それは……はい」
そう言って悲し気に微笑むソラを見て、マーリンは黙って彼女を抱き寄せて背中を優しく擦ってやる。
ソラを宥めながら、マーリンは黙って見ているシドたちに白い歯をみせて笑いかける。
「さあさあ、せっかくこうして来てくれたんだ。金ならこいつに払わせるから、何でも好きなの買っておくれ」
「いいっ!? か、母さんそれは……」
「何だい」
ターロンが抗議の声を上げると、マーリンは三白眼になって息子を睨む。
「こんな可愛い子たちに金を払わせる気かい? 私はお前をそんな甲斐性なしに育てた覚えはないよ」
「そ、それとこれとは違う……」
「ああん?」
「い、いえ……」
マーリンが睨みを利かせながら恫喝すると、ターロンは巨体を縮こまらせて人差し指の先を合わせながら小さく呟く。
「うぅ……今月の残り、どうやって過ごそう」
「おいおい、デカい身体の割に小さなことを気にするなよ」
気落ちするターロンに、シドはマーリンのように背中をバシッ、と強く叩いて笑いかける。
「心配するな。いくら何でも自分たちの買い物を誰かに買わせようなんて思ってないから」
「はい、店主様。お気遣い感謝しますが、自分たちの買い物は自分たちでします」
「そんなこと気にしなくていいんだよ? お姉ちゃんたち、何だか苦労してそうだしさ」
「いえ……」
心配そうな顔をするマーリンに、ネイは静かにかぶりを振る。
「ターロン様にはこれまで十分良くしていただきました。ですからこれ以上は甘えるわけにはいきません」
「そうかい……」
これ以上は何を言っても無駄だと察したマーリンは腕の中のソラ、続いてシドとネイの顔を見渡してニコリと笑う。
「だったらせめてお昼ご飯はウチで食べて行っておくれよ。流石に商品の安売りはできないけど、それくらいなら問題ないだろ?」
「それなら……」
「構わないぜ」
ネイから視線を向けられたシドは、間を置かずに頷いてみせる。
「この国の郷土料理を食べられれば、レパートリーも増えるだろうし、夜にコーイチたちに振る舞えるかもしれないからな」
「あらあらコーイチって誰だい? ひょっとしてあんたのいい人かい?」
「うん? あ、ああ、まあな……」
マーリンの腕の中でソラがピクリと反応するのが見えたが、流石にこの状況で抗議の声を上げることはないのを確認したシドは、どうにか話の辻褄を合わせようと考えながら話す。
「この国の料理を食べられるのなら、作り方も教えてくれると助かる。そしたら帰りに調理器具や材料を交わせてもらうからよ」
「フフフ、そういうことなら任せておきな」
腕まくりをして力こぶを作ってみせたマーリンは、三人の女性たちを前に自信を覗かせる笑みを見せる。
「こう見えて料理はかなり得意だからね。ダンナを落としたとっておきの料理を教えてやるよ」
その言葉に、三人の女性たちは「おお~」と声を揃えて色めき立つ。
「それじゃあ、早速だけどご飯の準備をしようかね。ほら、ターロン。今から私が言うものを買ってきな……五人分ね」
「はいはい、もう勝手に使ってくれ」
さらりと自分も食卓に着くことが決まっていることに、抵抗する気をすっかり無くしたターロンは大袈裟に肩を竦めると、マーリンから手渡された籠を手に、昼食の材料を買いに出ていった。




