早とちりだったけど
予想した通り、階段を登り切ったシドたちの前に広がっていたのは、手入れもされず伸びきった生い茂る草と、ソラを覆い尽くさんばかりに奔放に伸びた木々だった。
「わあ、砂漠から少し中に入っただけなのに、カナート王国内はこんなにも緑豊かなのですね」
「そうですね。暑いことには変わりませんが、それでも砂漠に比べてば随分と涼しく感じます」
自然豊かな環境に、休憩のために腰を下ろしたソラとネイは嬉しそうに周囲を見渡すが、
「あたしたちがいる場所、集落というより遺跡って感じだな」
自分たちが出てきた場所を見たシドが、複雑な表情を見せる。
ターロンたちが多少は手入れしてくれているのか、植物たちの浸食は防がれているが、それでも周囲に見える朽ちた石の建物の数々は、過去の遺物と言われても何ら不思議ではなかった。
「カナート王国の連中は、かつての自分たちの集落に未練がないのか?」
「未練がないというより、忘れたいんだろうな」
周囲の石を拾い、休憩できる場所を確保していたターロンがシドの隣にやって来て、肩を竦める。
「俺たちはもう知らないことだが、ここでの生活は決して楽ではなかったようだからな」
暗く、狭い範囲に大勢の人が押し込められての生活は、常に何処かで何かしらのトラブルが発生し、人々のフラストレーションはかなりのものだったという。
「そんな皆を、現在の王族の者が一つにまとめたんだそうだ」
「一つにまとめるって、そんな簡単にいくのか?」
「いかなかっただろうな。だから……」
そう言ってターロンは、シドに拳を突き出して殴る仕草をしてみせる。
言葉にこそ出さないが、その態度だけで当時の王が何をしたのかは明白だった。
暴力による統治、その事実を知ったシドはあからさまに嫌そうな顔をする。
「物騒な話だな」
「それについては否定はしない。だが、圧倒的なカリスマがいれば俺たち獣人は一つにまとまる……シドならわかるんじゃないのか?」
「まあ、な」
ターロンからの疑問を、シドは否定することができなかった。
獣人の性なのかどうかはわからないが、ノルンとカナート、場所は違っても獣人たちの国はどちらも絶対的な王の下に一つにまとまっていた。
シドもそれがわかっていたからこそ、グランドの街の地下で亡き父親に代わって皆のまとめ役をやっていた。
もし、シドが獣人王の娘でなかったら、グランドの獣人たちは一つにまとまることなく、浩一が現れる前に我慢に限界に達して地上へと無謀な特攻を仕掛け、全滅していたかもしれない。
「どうやらわかってくれたようだな」
シドがおとなしくなったのを見て、ターロンは小さく嘆息して話を続ける。
「そんなわけで、どうにか森の中に居を移すことが許された時は、王の号令の下、物凄い速さで王都を築いたらしいぜ」
過去の辛い記憶を早く忘れようという王の言葉もあり、カナート王国の人々は地下の居住区に近付くことはなくなり、一部の人だけが残ったのだという。
「その一部の人というのがウォル爺さんの一家で、どうにかあの居住区を忘れ去られないようにと、あれこれと尽力したそうだ」
そんなウォル爺さんの祖先の行動力はすさまじく、何処からエルフからの協力まで取り付け、出来上がったのがあのダルムット船のドックであり、砂漠から入る秘密の抜け道というわけだった。
「残念ながら使うのは俺たちのような外に出る兵士たちだけだが、少なくとも俺たちはウォル爺さんたちに感謝しているつもりだ」
「そうか」
「そうだよ。といっても、できるのはたかが知れてるけどな」
「そうか……」
再び同じ言葉を口にしながら、シドは先程ターロンたちから渡された支援物資について思い出す。
シドたちに用意された支援物資だといって持って来られた荷物は、あきらかに量が多かった。
渡されたのはその一部であったが、残りはウォル爺さんの一家の分だとしても多かったので、おそらく地下にいる全員分の食糧や衣服などがあったのだろう。
だとすれば、ついさっきターロンに対して彼の言葉を遮り、浴びせかけた非難の言葉は少し早計だったかもしれない。
「…………」
自分の早とちりに気付いたシドは、やってしまったと仕草には出さないものの、脳内で頭を抱えて大きく嘆息する。
横に立つターロンの顔をまともに見ることができず、思わずとっとと先程の言葉を取り消して謝罪してしまおうかと逡巡する。
すると、
「別に、気にしてないから」
まるでシドの心の中を見透かしたように、ターロンから声がかけられる。
「むしろあそこでシドが怒ってくれたことで、あんたたちを信用に値する奴だと知ることができたからよ」
「お前……」
「まっ、できれば今後は親しみを込めてターロンと名前で呼んでもらいたいけどな」
「…………わかったよ」
シドは諦めたように嘆息すると、ターロンに向かって右手を差し出す。
「これから街での案内を頼むぞ、ターロン」
「ああ、任せてくれ、シド」
ターロンはシドから差し出された手をしっかり握り返すと、虎柄の長い尻尾をゆらゆらと揺らしながらニッコリと笑う。
「打ち解けてくれるのは助かるが、間違っても惚れるなよ」
「……調子に乗るな」
シドはターロンの手を振り払うと、足を振り上げて彼の逞しい足を軽く蹴る。
「あたしの気持ちは、もう決まってるんだよ」
「ほう、じゃあやっぱりコーイチのことが好きなのか?」
「…………そうだよ、悪いか?」
「いや、悪くないさ」
不貞腐れたように赤い顔で唇を尖らせるシドを見て、ターロンは優し気な微笑を浮かべる。
「確かにコーイチみたいな素直でいい奴なら、シドが惚れるのも納得できるしな」
「フン、お前もようやくコーイチの良さに気付いたか」
「ああ、シドみたいな奴に女の顔させるなんて、コーイチは本当に凄い奴なんだな」
「…………お前、やっぱりムカつく奴だ」
自分に対して散々な評価を下すターロンの尻を、シドは先程より強く蹴り飛ばしておいた。




