逃げる?隠れる?それとも……
知らないことは悪いことではない。
知ろうとしないことが悪いのだ。
かつて学校の先生からそんなことを言われたと思いながら、俺はウォル爺さんに謝罪をして獣人について基本的な情報を教えてもらうことでどうにか許してもらった。
「気にするな。別にそこまで怒っておらんからな」
何て最後に言っていたが「絶対に怒ってましたよ」なんて面と向かって言えるはずもないので、俺は機嫌が戻った様子のウォル爺さんに気になっていたことを尋ねる。
「気になっていたんですけど、ダルムット船って普段はここで管理してあるんですよね?」
「そうだが、何か気になることでも?」
「はい、ここにある船をどうやって上まで運ぶのかなって……」
そう言って俺は天を仰ぎ見るが、地上まで一体何メートルあるのだろうか?
階段を下りてきた感覚的には十階分以上の高さを降りてきただろうから、地上まで数十メートルはあると思われる。
それだけの距離をあの一番奥にある超巨大な船はともかく、俺たちが乗って来たダルムット船を運ぶとなると、人力ではとても無理なような気がする。
エリモス王国にはエレベーターという昇降機があったが、ここにはそういった機械がありそうな様子はない。
となると人力、もしくは全く未知の魔法か何かで上げるのだろうか?
「そうだな、最もな疑問だ」
俺の疑問に興味を持ってくれたのか、ウォル爺さんは長い垂れ耳を揺らしながら何度も頷く。
「いい機会だ。面白いものを見せてやろう」
やはり職人気質というか、誰かにものを教えたくてしょうがない様子のウォル爺さんが、杖を突いて背中を向けると、
「お爺ちゃ~ん、何処にいるの?」
「――っ!?」
何やら可愛らしい声が聞こえてきて、俺は思わず身を固くする。
どうしよう……今からでも何処かに隠れるか?
咄嗟に周囲に目を向けるが、俺とミーファ、それとうどんだけなら隠れられるポジションはありそうではあるが、ここにはどうやっても隠れられないロキがいる。
ここでロキだけ置いて隠れたとしても、もし声の主がこの巨大狼を見て悲鳴を上げて地上へ助けを求めに行くようなことがあれば、俺たちだけじゃなくシドたちにまで被害が及ぶ。
「もう、お爺ちゃん返事してよ!」
どうしようか迷っているうちに、声の主はどんどん近付いてくる。
「おにーちゃん……」
「大丈夫……大丈夫だから」
不安そうな声をあげるミーファを励ますように肩を抱いて声をかけるが、生憎と言葉とは裏腹にこれといった方策は何もない。
それでも、すぐにでもどう動くかを決めなければと思っていると、
「心配するな。あれはワシの孫娘の声じゃ」
ウォル爺さんが俺たちの前へ進み出て、力強く頷いてくれる。
唇に人差し指を当て、俺たちに黙っているように指示を出したウォル爺さんは、胸を反らして大声を上げる。
「ショコラ! ここだ。ここにいるぞ!」
「もう、お爺ちゃん。ご飯の時間までには戻ってって言ったで……」
そうして現れたのは、ウォル爺さんと同じ長く垂れた犬耳を持つミーファより少し年上ぐらいと思われる小さな女の子で、俺たちの姿を見て驚いたように固まる。
次の瞬間、思わず一歩後退りした女の子は、警戒するようにウォル爺さんに話しかける。
「お爺ちゃん、この人たちは?」
「安心しろ、この者たちはターロンに導かれた者たちだ。エルフに会いに来た自由騎士だ」
「自由騎士……ではあなたが?」
そう言ってショコラと呼ばれた女の子が不安そうにこちらを見るので、俺は彼女の警戒を解くように笑いかける。
「どうも、浩一といいます。こっちはミーファ、そしてこっちの狼がロキで、茶色いうさぎがうどんです」
「…………」
「わんわん」
「ぷぷぅ」
俺の紹介に、人見知りの激しいミーファが無言のままペコリと、ロキとうどんが「よろしく」と言いながらミーファに並んでペコリと頭を下げる。
「あっ、はい、ご丁寧にどうも……私はショコラと言います。どうぞよろしくお願いします」
意外にも俺が自由騎士だと聞いても敵意を露わにすることなく、ショコラちゃんはペコリと丁寧にお辞儀をする。
「意外か?」
「えっ? あっ、はい……」
また表情に出ていたのか、ニヤリと笑うウォル爺さんに俺は頷いて思ったことを口にする。
「てっきり俺……というより人間はカナート王国の人、全員に嫌われていると思っていたので」
「そうだな、確かにこの国の人間に対する敵意は尋常ではないな」
思い当たる節がありありな様子のウォル爺さんを見て、俺は苦笑を浮かべるしかない。
「それってやっぱり、かつてのエリモス王国の裏切りが原因ですか?」
「それもあるが、決定的だったのは一時の猫人族に対する仕打ち、そしてノルン城陥落後の獣人差別が原因だな」
「なるほど……」
砂漠でネイさんから聞いただけでも胸糞悪くなる話であったし、グランドの街であった獣人差別もネームタグによる呪いが原因だったとしても、噂話程度でしか知ることができない他所の人間からすれば、許し難い行為であることは間違いなかった。
例え俺が異世界から来た自由騎士だとしても、そこまで詳しい事情を知らないこの国の人たちからすれば、きっとターロンさんの反応が正常なのだろう。
でも、だからこそショコラちゃんのリアクションは意外なものだった。
思い起こさせば、ウォル爺さんも態度こそ素っ気ないものではあったが、敵意を持ってはいなかった。
それに、
「俺が自由騎士と聞いて、ショコラちゃんは何か知っているようでしたね」
「ほう、目敏いな。流石は自由騎士というところか」
俺のことを勝手に過大評価してくれたウォル爺さんは、ショコラちゃんの横まで進むと、大切な宝物を披露するかのように話す。
「実はショコラはな、次代の巫女なのだよ」




