天から落ちる船
ゆっくりと姿を現した船底を見て、俺たちが乗って来たダルムット船をそのまま砂漠に放置してきてしまったことを思い出す。
そしてここにあのダルムット船の船底が見えるということは、あの船は流砂か何かに巻き込まれ、ここへと落ち来ていたのではないだろうか?
「タ、ターロンさん、ヤバイです。このままでは……」
どう見積もっても数トンはある船があの高さから落ちて来たら、一体どれだけの衝撃が発生するのだろうか?
とにかく、何があっても三姉妹だけは守らなければ……、
シドはひとまず自分の身は守れそうなので、俺は残る二人へと声をかける。
「ソ、ソラ、ミーファこっちへ」
「は、はい」
「うん」
ただごとではない事態を察したのか、二人も青い顔をして俺の胸の中へと飛び込んでくる。
「大丈夫……大丈夫だから」
小さく震えているソラたちを励ますようにしっかりと肩を抱くと、何故か全く動じていない様子のターロンさんに話しかける。
「ターロンさん、ダルムット船が落ちてこようというのに、どうしてそんなに落ち着いているのですか?」
「どうしてって……決まってるだろ?」
慌てる俺たちを安心させるためか、優し気な笑みを浮かべたターロンさんは、半分ほど露出した船底を指差しながら静かに話す。
「俺たちにとって、これは予定通りのことだから」
「予定通り? そんな!? 船が壊れそうなのに?」
「だから、壊れないから」
ターロンさんがそう言い切ると同時に、頭上のダルムット船が天井からずるりと抜け落ち、重力に引かれて落下する。
「――っ!?」
今にも自由落下をはじめようとするダルムット船を見て、俺はソラたちをきつく抱き締めながら思わず体を硬直させるが、
「…………あれ?」
落ちてくるダルムット船が思ったより遅い速度で落ち始めるのを見て、俺はおそるおそる顔を上げる。
「なっ? 大丈夫だって言ったろ」
まるで重力が半分以下にでもなったかのようにゆっくりと、エレベーターが下る程度の速度で落ちてくるダルムット船は、明らかに何かしらの力が働いているようだった。
「まあ、事前に説明しなかった俺も悪かったけど、あの辺一帯には、落下防止の魔法がかかっているんだ」
「落下防止の……魔法?」
砂漠イルカに続いて、まさかここでも「魔法」という単語を耳にするとは思わなかった。
「魔法ということは、エルフですか?」
「そうだ。この国には色んなところにエルフの魔法がかかっているから、常識に囚われていると怪我だけじゃすまないぜ」
ターロンさんがそんなことを言っている間に、ダルムット船は音もなく静かに下の砂地に着地する。
「あっ……」
そこで俺は、ダルムット船が着地した場所に、他にもダルムット船が鎮座していることに気付く。
その殆どは俺たちが乗って来たダルムット船より小さいものだったが、最奥に一際大きな船があることに気付く。
大海原にでも飛び出していけそうな大きさのダルムット船に驚きながらも、俺はあることに気付いてターロンさんに尋ねる。
「もしかしてあそこは、船を収納するためのドックですか?」
「そういうこった。言ったろ? 居住地じゃなくなったけど、今でもしっかり活用してるってさ」
ターロンさんによると、ダルムット船を止めた辺り一帯に魔法がかけられており、何処で船を止めてもこのドックへと戻って来るようになっているという。
「理屈は全くわからないけどな。まあ、魔法なんてそんなものだから気にするだけ無駄だぜ」
「そうですね」
俺もかつてダークエルフのスールと対峙した時、奴が軽く手を振るっただけで、成す術もなくあっさりとやられてしまった。
チートスキルを持っていたとしても、スールの魔法の前では赤子も同然だったので、可能な限りエルフと戦うような目には遭いたくない。
一先ずダルムット船の問題は解決したので、これからどうするべきか考えていると、
「……おい」
「――っ!?」
しわがれた声が聞こえ、俺は思わず身を固くして声のした方へと目を向ける。
そこには杖を手にした大きく垂れた犬の耳を持つ老人が俺のことを睨んでいた。
「どうしてここに人間がいるのだ? お前は、何者だ?」
「あっ、お、俺は……」
杖を突かなければならないほど弱っているはずなのに、射貫くような鋭い眼光に俺は上手く言葉を紡ぐことができなかった。
何とか俺が敵じゃないことを証明しないと……、
そんなことを思っていると、
「まあまあ、ウォル爺さん……」
俺と犬耳の老人の間にターロンさんが割って入ると、彼の肩を組んで笑顔で話しかける。
「こいつはコーイチ、確かに人間だが特別な人間だ。そう言えばわかるだろ?」
「なるほど、自由騎士か」
皆まで言わなくとも理解したのか、ウォル爺さんと呼ばれた犬耳の老人は俺から興味を失ったように視線を逸らすと、奥のドックへと目を向ける。
「それで、船はもう戻って来たのか?」
「今さっきな、いつもの場所に留まっている」
「そうか……」
そう言って静かに頷いたウォル爺さんは、俺たちにも目もくれずに船の方に向けて歩き出す。
ウォル爺さんが俺たちの前を通り過ぎると、ターロンさんがやって来て耳元で囁いてくる。
「あの爺さんがさっき言っていた変わり種の一人だ。三度の飯より船の整備が好きだという変態さ」
「聞こえておるぞ」
かなり小さな声で囁いたはずなのに、ウォル爺さんは垂れた耳を片方だけ器用にパタパタと動かしてこちらを睨む。
「おい、そこの人間……コーイチといったか?」
「は、はい、何でしょう」
「この地下を自由に動くのは構わんが、間違っても上に行こうなどと思うなよ」
「えっ?」
「話は終わりだ。後は勝手にしろ」
俺に一方的に忠告をしたウォル爺さんは、嬉しそうに尻尾をフリフリと振りながら去っていく。
全く喜びを隠そうとしない様は、最早頭の中にはダルムット船のことしかないのだろう。
だけど、
「もしかしなくても、忠告してくれたのかな?」
「そういうことだ。あの爺さん、変態だけど根はいい人だからな」
ターロンさんは俺の肩をポンポンと叩くと、集落の方を親指で指す。
「とりあえず、近くの住居に案内するから暫くはそこに身を隠してくれ」
「あっ、はい、わかりました……」
話を聞く限り、いきなり上に行くのは危ないから地下で待機するのはわかる……が、
「ですが、一体いつまで地下にいればいいんですか?」
「そうだな……」
ターロンさんは何かを考えるように、下あごに生えた髭をなぞる。
「近いうちに魔物の大規模襲撃があるっていう予知が出てるから、それを乗り越えるまでかな?」
「えっ?」
何気なく呟かれたターロンさんの言葉に、俺は思わず身を固くした。




