砂漠を渡る船
「な、何が……」
腹部に刺さった巨大な槍から、盛大に血を吹きながら地面へと落ちていくワイバーンを横目に、俺は一体何が起きたのかとシドに尋ねる。
「シド……」
「船だ」
「えっ?」
短く発せられたシドの言葉に、俺は再度彼女に何が起きたのかを尋ねる。
「今なんて言った? 船、砂漠に船だって!?」
「ああ、あたしも自分で言っていて信じられないけど……本当だ」
シドはそう言いながら、砂漠の彼方を指差す。
「今はあの丘の影に隠れちまったけど、あっちの方に小さな帆船が見えたんだ」
「帆船……ということは、風で進んでいるのか?」
確かに砂漠では強い風が吹くことがあるが、それでも船が進むなんて話は聞いたことがない。
もしかして俺の知らないファンタジー世界ならではの物理法則でもあるのか、なんて思っていると、
「あれはダルムット船です」
リャールに乗ったネイさんが俺たちの隣にやって来て、彼方を見ながら話す。
「あれはカナート王国が持つ、砂漠を進むことができる船です」
「砂漠を……それってどうやって進んでいるのですか?」
「そこまでは流石に……私も、見るのは初めてですので」
俺の質問に、ネイさんは申し訳なさそうに眦を下げる。
どうやらあれがカナート王国のダルムット船と呼ばれる船であることは知っているが、それ以上のことは知らないようだ。
「もしかしなくても、ワイバーンを倒したのって……」
「ああ、あの船にいる奴がやったんだろうな」
「……マジかよ」
確かに他に目に見える範囲にそれらしき影は見えないことから、ダルムット船からワイバーンを一撃で葬るほどの威力を持った槍が放たれたということだ。
今は影になって見えないそうだが、丘の距離まではかなりあることから、少なくとも槍は数百メートル以上の距離を飛んだことになる。
そんな見事な投擲、果たして泰三のチートスキルを使っても可能かどうかわからないが、もしかしたら想像を絶するほどの怪力の偉丈夫が船に乗っているのかもしれない。
ダルムット船はカナート王国の物だというが、果たしてこのまま座して待っていていいものかどうか……、
こういう時、やはり頼りになるのは相棒の存在である。
「シド、どうする?」
「どうするも何も、あの船は間違いなくここに来るだろうし、見つかったらあたしたちに逃げる術はないぞ」
「だよなぁ……」
ともすれば、とりあえずあの船に襲われることになっても大丈夫なように、準備をしておくことぐらいだろうか?
言葉にしなくても同じ結論に至ったシドと、二人でどうしようかと相談していると、
「あの、よろしいでしょうか?」
謎の船について教えてくれたネイさんが、うどんと一緒にリャールから降りながら話しかけてくる。
「ダルムット船が来たら、私に話をさせていただけませんか?」
「えっ?」
「あの船がカナート王国のものであるのは間違いありません。今こそ私が皆様に付いてきたお役目を果たさせてください」
「それは……」
確かにネイさんが俺たちと一緒に来たのは、今は鎖国状態にあるというカナート王国の人と面識があるから、その橋渡し役をお願いすることである。
ここがネイさんの出番であることは間違いないのだが、相手はまだカナート王国の人間だと決まったわけではない。
万が一のことを考えると、いきなりネイさんを矢面に立たせるのは危険なような気がする。
「コーイチ……」
結論を迷う俺に、シドが手を伸ばしながら話しかけてくる。
「ここはネイの奴に任せようぜ」
「でも……」
「これから仲間としてやっていくのなら、何よりも大切なのは信頼だろ?」
「――っ!?」
シドの何気ない一言に、俺はハッとさせられる。
「そうだね」
その一言は、俺の迷いを一瞬で吹き飛ばすほどに十分だった。
信頼してもらうことが、自分の仕事を認めてもらうことが、新たに仲間に加わる者としてどれだけ重要かは、新しく組織に入ったことがある人なら痛いほどよくわかるだろう。
これまでもネイさんは、何かにつけて積極的に自分がやりたいと言ってきたが、それもきっと一刻も早く俺たちに馴染もうと努力してくれてたからだ。
だったらまずは、ネイさんからの信頼にこちらが応えるべきだ。
俺はシドに向かって頷いてみせると、ネイさんに向き直って話しかける。
「ネイさん、ではダルムット船との交渉、お願いできますか?」
「はい、お任せください」
「ただ、少しでも身の危険を感じたら言って下さい。決して無理はしないこと、いいですね?」
「わかりました。無理はしないとお約束します」
ネイさんが頷くのを確認した俺は、皆に向かって一か所に集まるように指示を出す。
そうしてロキとラクダたちが集まったところで、俺は調停者の瞳を発動させておく。
これでもし、あの槍が飛んできたとしても、直撃を避けることはできるはずである。
こうして俺たちは、いずれやって来ると思われるダルムット船を待ち続けた。
そうして待つこと数分、問題の船は僅かな風しか吹いていないにも拘らず、滑るようにやって来た。
軽く十人は乗れそうな思ったより大きなダルムット船は、遠目にはわからなかったが帆に金の獅子のエンブレムが描かれている。
果たしてあれがカナート王国を表すエンブレムかどうかはわからないが、その可能性は高そうだと思った。
そうこうしている間にワイバーンの死体の近くで止まったダルムット船から、誰かが颯爽と飛び降りてくる。
「おう、何だ。本当に誰かいるじゃねぇか」
そう言ってニヤリと笑うのは、丸い耳と長い尻尾を持つ巨大な偉丈夫の獣人だった。




