眠り姫のために
悶々とした想いを抱えたまま、心頭滅却と何度も繰り返し唱えて見張りをしていると、約束の時間になったのか、シドが音もなく現れる。
「おいおい、こいつはどういうことだ?」
うどんを抱き、ロキの胸の中ですやすやと眠るネイさんを見て、シドは不思議そうに彼女を指差しながら尋ねてくる。
「何があったんだ?」
「ああ、実はね……」
別に口止めされたわけでもないし、これからもネイさんと行動を共にする上で、シドもある程度事情を知っておくことは必要だと思った俺は、ついさっきここで起きた出来事の詳細を話すことにした。
「……なるほどな」
最初は俺と何かあったのかと勘ぐっていた様子のシドであったが、それが間違いであったことがわかり、小さく息を吐いて苦笑する。
「あたしはてっきり、コーイチとよろしくやろうとしたのかと思ったよ」
「な、なな、何を言ってるんだよ!?」
最初にネイさんが現れた時には、そういうつもりなのかと勘違いしたことは黙っておくことにする。
「いくら何でも、この状況でそんなことするわけないだろ」
「いや、でもこいつ……猫人族のレンリの姉だからな」
レンリさんの顔真似のつもりなのか、シドは指で目を吊り目にしながら話す。
「知ってるか? レンリの奴、男の前ではめちゃくちゃ性格変わるんだぞ」
「あ、うん……そうみたいだね」
俺の前ではアニマルテイムの効果が全くないと思う程、ツンケンした態度しか見せたことがないレンリさんであったが、違法風俗店での人気ナンバーワンの理由は、彼女の性格のギャップにあったと聞いている。
最後の最後までレンリさんの猫なで声とか、可愛らしい姿とか見たことない俺だったが、少なくともシドは見たことあるようで、ブツブツと恨みがましい声を出す。
「レンリだけじゃなく、猫人族ってやつは本当に男の扱いが上手くてよ。その所為で、あたしがどれだけ尻拭いをされたと……」
どうやらシドはレンリさんだけじゃなく、他の猫人族の人に何かしらの煮え湯を飲まされたようだ。
「大体こいつ等は……」
「まあまあ、シド、落ち着いて」
このままでははいつまでも文句を言い続けそうなシドに、そろそろ眠くなってきた俺は、宥めるように静かに話しかける。
「少なくともネイさんは、そんな心配をする必要はないよ。それに、そもそもはミーファが彼女の抱き枕を取っちゃったことなんだしさ……」
「そう……だったな」
盛大に欠伸をする俺を見て状況を察したのか、シドは大きく息を吐いてうどんを抱いて丸まって眠っているネイさんの方を見る。
「確かに大事そうにしていた枕を取っちまったのは、悪いことをしちまったな」
「そうだね。でも、取り戻せなかったってことはミーファはもしかして?」
「ああ、枕を奪ってからものの数秒でぐっすりだ」
「やっぱり……」
ネイさんから既に聞いていたのである程度事情をわかってはいたが、ミーファの寝付きのよさは言うまでもなかったようだ。
「ああ、もう!」
ネイさんの事情を知らなかったとはいえ、彼女に迷惑を駆けてしまったことに、シドは後悔するように後頭部をガリガリと掻く。
「こんなことならミーファから無理矢理枕を奪っておきゃよかったな」
「まあまあ、うどんっていう代替案が見つかったから良かったじゃないか」
それに、
「ミーファだってそんなに早く寝付くってことは、体力的に限界だったってことだろ?」
あの小さな体で、ミーファは砂漠での過酷な旅に文句一つ言わず、俺たちに必死について来てくれているのだ。
ここに来るまでの間でも、移動が多い日は夜は電池が切れたかのようにぷっつりと倒れ、そのまま朝までぐっすりなんてこともあった。
特にミーファにとって今日は久しぶりの砂漠の移動で、表情には出さなかったが疲労はかなりのものだったはずだ。
だからネイさんも、ぐっすり眠ったミーファを起こすなんて野暮な真似はせず、俺に助けを求めたのだと思った。
「だけど流石に毎日このままってわけにはいかないよな」
「そりゃそうだろう。それに、明日はあの抱き枕は使えないぞ」
「……えっ、どうして?」
「どうしてって、そりゃあ、ミーファのよだれでベタベタだからな」
「ああ……」
そうか、ミーファの寝相で枕が汚れてしまうという可能性を失念していた。
当然ながら、砂漠には水がないので、汚れた衣服を洗うなんてことはできない。
一応、道中に何か所かオアシスによる予定はあるそうだが、明日中に辿り着く保証はない。
流石にミーファのよだれで汚れた枕を、そのまま返すわけにはいかないと思った。
「それだけじゃない。ロキはともかく、明日もこのままってわけにはいかないだろ?」
「そうだね」
俺たちが見る先には、ネイさんが抱いているうどんがいる。
ミーファと一緒に寝ることが多いうどんは、誰かに抱かれて眠る経験もそれなりにあるが、それでも毎日では体への負担は少なくない。
最初こそネイさんの胸に埋もれて羨ましいと思ったが、彼女の胸が余りにも豊か過ぎて、気のせいかうどんが若干苦しそうに見える。
「おっぱいに埋もれると、やっぱり息苦しいんだな」
「ああん?」
「な、何でもないです」
思わず漏れた呟きにシドが殺意の籠った視線を向けてくるので、俺は慌てて視線をネイさんから逸らす。
「まあ、とにかくネイさんのために早急に対策を練る必要があると思うんだ」
「それで、何をするつもりだ? 流石にもう一つあの枕を作る余裕はないよ」
「うん、だからね……」
そうして俺は、シドにある提案をしてみた。




