ターニングポイント
かつて猫人族はその尻尾の美しさと種族しての珍しさから、尻尾が幸運のお守りになるという根も葉もない噂によって、その数を急激に減らしたという過去があった。
状況を重く見た当時の獣人王によって各国の王や領主に猫人族の尻尾の噂はデマであることが伝えられ、一般に広く周知するように徹底させた。
さらに獣人王は、残っている猫人族を積極的に保護することによって、この問題は一旦終息を迎えたのだった。
「私の両親もその時の獣人王に保護されて、ノルン城で出会ったそうです」
「では、ネイさんとレンリさんは?」
「はい、私たち姉妹はノルン城で生まれました。ですので、猫人族の悲劇については話に聞いた程度なんです」
「そう……なんですね」
浩一がホッと一息吐くのを見て、ネイは優し気な微笑を浮かべる。
異世界からやって来た心優しき自由騎士に付いてきて、彼の手伝いができるようになって本当に良かったとネイは思う。
「では、話を続けますね……」
そこから先の生活は平穏で、二人の子供に恵まれたネイの父親は、家族を養うために行商人としての仕事を始めることになった。
「当初、人の前に出ることを恐れていた父ですが、同じ獣人の方が厳しくも丁寧に指導して下さり、人脈づくりにも協力して下さったのです」
「それってノルン城の方なんですか?」
「いいえ、ですがその方も獣人王と同じ狼人族の方でしたので、関係者かもしれませんね」
「それって……」
狼人族と聞いて、浩一は思わず頭に思い浮かんだ名前をネイに告げてみる。
「その行商人の人って、もしかしてオルテアって名前じゃなかったですか?」
「えっ? コーイチ様、オルテア様をご存知なのですか?」
「はい、実はここに来る前に立ちよった牧場で出会ったんです」
驚くネイに、浩一は嵐によって立ち寄ることになった牧場で出会った、壮年の狼人族について話す。
流石にオルテアの特殊な生い立ちについては話すことはなかったが、それでもかつて出会った知り合いの話に、ネイはとても嬉しそうだった。
「そうですか……不思議な縁もあることですね」
ネイは胸に手を当てて静かに目を閉じて息を吐くと、話を本題に戻す。
「オルテア様のお蔭で行商人としての地位を確立した父は、それは楽しそうに各地の話をして下さいました」
何処までも広がる緑の絨毯に沈む夕焼けの時に見える真っ赤に染まる世界。
耳を劈くほどの大音響を響かせる瀑布で浴びる水の心地良さ
そして、不毛の地とされる砂漠で見る夜のルミナの美しさ。
「そのどれもが魅力的で、私はどうにか頼み込んで父の行商に付いていくことにしたのです」
少女から大人へと足を踏み入れる年齢に達したネイは、念願かなって行商人として同行することになり、父親と共に各地を回って様々な経験を積んでいく。
「決して楽しいことばかりではなかったですが、それでも行商人として過ごして数年間は、とても充実したものでした」
各地に何人もの知り合いができ、時には淡い恋を体験したネイの行商人としての人生は、これからも順風満帆にいくと思われた。
だが、
「行商先で、ノルン城が陥落したという報せを受けたのです」
青天の霹靂とも言える驚きの報せを聞いたネイたち親子は、ノルン城に残してきた母親とレンリを迎えに行くため、それこそ昼夜を問わず全力でノルン城を目指した。
「その時です。ノルン城から立ち去る魔物に襲われている村の救助をすることになったのです」
そこは魔物たちによって蹂躙されただけでなく、適切に処理しなかった死体によって疫病が発生した壊滅寸前の村だった。
急ぐ旅ではあったが、これまで何度もお世話になった行商人仲間からのたっての願いでもあり、また、近くを徘徊している魔物たちの脅威もあって自由な行動ができないこともあって、ネイたちは救助活動を手伝うことにした。
疫病の蔓延を防ぐため、近隣の村人たちも総出で必死の救助活動を行ったが、それでも疫病の患者は日に日に増していった。
「そんな時、誰かが言ったのです。猫人族の尻尾があれば、疫病の防ぐことができる、と」
「――っ!? そんなこと、あるわけないじゃないですか!?」
「勿論です。ですが、極限まで追い詰められた人たちにとっては関係なかったのです」
藁にも縋る想いで猫人族の尻尾を求める人たちを前に、ネイたちは必死に逃げ出す。
「ですが、私を逃がすために父が……」
「あっ……」
悲しそうに目を伏せるネイを見て、浩一は彼女の父親が既にいなくなっていたことを察して悲しそうに目を伏せる。
「…………大丈夫ですよ。私の中では、もう整理がついていることですから」
そのわかりやすい表情を見て、ネイは浩一が本気で悲しんでいることに気付き、微笑を浮かべて小さくかぶりを振る。
最愛の父を失ったネイであったが、それでも各地で出会った知り合った人々の支えもあり、どうにか逃げ伸びることに成功する。
だが、どうにか逃げ伸びることに成功しても女一人、しかも絶対数の少ない猫人族の一人旅を付け狙う輩は無数にいた。
何度も命を狙われ、その度に這う這うの体で逃げる日々を過ごすネイだったが、そんな生活もやがて限界を迎える。
「このままみすみす誰かに殺され、尻尾を取られるぐらいならと、私は死に場所を求めて砂漠へとやって来たのです」
そう言ったネイは、何処か懐かしいものを見るように周囲を見渡す。
「……実はその時に辿り着いたのが、この洞窟だったのです」
「えっ? じゃあ……」
「はい、ここでメリル様に……皇后様に拾っていただきました」
こうして九死に一生を得たネイは、メリルの誘いもあってエリモス王宮で働くことになったのだった。




