そっちの意味ね
「…………えっ?」
いきなり飛び出したまさかの単語に、俺は呆けたままネイさんに再度聞いてみることにする。
「今、何て言いました?」
「その、私に抱かれてくれませんか? と言ったのです」
「あっ、そうですか……」
一瞬、聞き間違いかと思ったけど、やっぱり聞き間違いではなかったようだ。
うん、そっか、抱かれて欲しいか……、
「って、ダメでしょう!」
「……わふっ」
「あっ、ごめんなさい」
ロキに「静かに」と怒られてしまい、俺は反射的に巨大狼に謝罪した後、声を押さえてネイさんに話しかける。
「その……ごめんなさい。お気持ちは嬉しいんですが、俺には好きな人が……」
「ええ、知っています。ですが、それとは別にお願いできないのかと」
「えっと、その……」
それってつまり、体だけの関係でいいってこと?
そりゃ、この世界に来て色々と溜まったものもあるので、それが解消できるのであればそれに越したことはない。
妹のレンリさんも違法風俗店でナンバーワンの人気だったことを考えても、もしかしたら猫人族は、貞操観念が他の人たちと比べて低いのかもしれない。
だけど、だからといって流石にシドたちを裏切るような真似はできない。
異世界ものが好きな俺ではあるが、物語の主人公たちのようにハーレムを築くような甲斐性はないとよくわかっている。
だから俺は、ネイさんの頼みを何が何でも断ろうと思った。
すると、
「あ、あの……一つよろしいでしょうか?」
ネイさんが小さく手を上げて控え目に話しかけてくる。
「私とコーイチ様の間に、齟齬があるようなのですが……」
「齟齬?」
「はい、もしかしてですけど、私がコーイチ様との肉体関係を所望していると思っていませんか?」
「……えっ?」
「えっ?」
思わず聞き返す俺に、ネイさんのちょっと引いたような笑顔が見て取れる。
「あ、あれ?」
もしかしなくても、俺……とんでもない勘違いをしている?
そう思った俺は、冷や汗を浮かべながらネイさんに尋ねる。
「その、俺に抱かれたいという話では?」
「ち、違います。私に抱かれていただけませんかという話です」
「んん?」
それって俺に抱かれるのと何が違うの?
そんな想いが表情に出ていたのか、ネイさんは顔を赤面させながら俺への願いを話す。
「その……実は私、練る時は専用の枕がないと寝られないんです」
「もしかしてそれを忘れたのですか?」
「いえ、持って来たのですが……」
ネイさんは自分が寝ていた広間の方をちらと見ると、困ったように笑う。
「実はその枕を、ミーファ様に取られてしまったのです」
「取られた?」
「はい、実は私の枕はこう長い棒のような形状をしたものなのですが……」
そう言ったネイさんは、両手を広げて愛用の枕について話す。
「普通の枕と違って、こう身体全体で抱くようにして眠るのです」
「ああ、抱き枕ですか?」
「えっ? あっ、はい、そうですね……そう言われてみれば、そんなやつです」
どうやらネイさんが寝る準備をするために枕を取り出したところで、興味を持ったミーファが使ってみたいとせがみ、使用感を確かめている間にあっという間に深い眠りに落ちてしまったという。
そしてミーファがといえば、一度寝たら梃子でも起きないと言っても過言ではないほど寝つきがよく、シドたちの努力も空しくネイさんは抱き枕を諦めることにしたという。
そうしてシドたちが寝静まった頃を見計らって、ネイさんは諦めて抱き枕の代わりを求めて俺の元へとやって来たということだった。
「すみません、本来ならコーイチ様にこんなことをお願いするのは筋違いなのですが……」
ネイさんはまるで叱られた子供のように小さくなって、今にも泣きそうな顔になって寝れない理由を話す。
「実は……夜寝ていると、過去の辛い出来事が頭に思い浮かんで、寝付けないことがあるんです」
「それって……レンリさんと生き別れたことですか?」
「いいえ、レンリと別れた後のことです」
俺の質問に、ネイさんはゆっくりとかぶりを振ってみせる。
どうやらネイさんは、レンリさんと生き別れた後も壮絶な人生を送って来たようだ。
「かつてはその発作が起きる度に誰かに頼んで一緒に寝てもらっていたのですが、ある時、セシリオ王からあの枕が贈られたのです」
「セシリオから!?」
「はい、何処からか私の悩みを聞きつけてくれて、城の学者の皆様と話し合って、あの枕を作って下さったのです」
思わぬ名前の登場に驚きの声を上げると、ネイさんは嬉しそうに尻尾をゆらゆら揺らしながらはにかんでみせる。
「セシリオ王からいただいたあの枕を使って眠ると、常にだれか隣にいてくれるような気がするのです」
「なるほど、確かに抱き枕を使うと安心できますものね」
この世界に既に抱き枕があったのかどうかは知らないが、ネイさんの悩みを聞いてそれを解決する道具を発明するとは……、
「セシリオって本当に凄いな……」
俺がセシリオ王の功績に唸っていると、ネイさんは喜色を浮かべて頷く。
「そうなんです。ただ、子供でもないのにこんなことで眠れなくなるなんて、大変お恥ずかしい話なのですが……」
ネイさんは小さな声で独白すると、空になったカップを額に当てて深く嘆息する。
それを見て俺は、ネイさんがどうしてレンリさんと生き別れになったかを聞いたことはなかったことを思い出す。
ネイさんが俺たちの旅に同行してくれることになっても、彼女のプライベートにまで軽々しく踏み込んでいいものかどうかはわからなかったからだ。
だが、こうして二人きりになったことだし、流石に何も聞かないままネイさんの抱き枕になるのも違うような気がする。
「…………」
裁定を待つ被告人のように項垂れるネイさんを見て、俺は意を決して彼女の過去について聞いてみようと思った。
「あの、ネイさん。俺でよければ枕の代わりに……ネイさんが寝るまで一緒にいますよ」
「ほ、本当ですか?」
「はい、その代わりにどうしてレンリさんと別れることになったのか、聞かせてもらえませんか?」
「あっ、はい、そうですよね……」
流石に何も話さないまま自分の都合が通るとは思っていなかったのか、ネイさんはさして抵抗もなく静かに頷く。
「わかりました。少し長い話になりますが、聞いていただけますか?」
そう前置きして、ネイさんは猫人族として受けた悲しい過去について話し出した。




