約束を果たします
それからエリモス王国は、三日三晩に渡って新しい王の誕生と、その結婚を祝うお祭り状態が続いた。
街の至る所に屋台が並び、酒と食事が盛大に振る舞われ、そこかしこから音楽が聞こえ、人々は陽気に歌い、好き勝手に踊った。
まるでリア充の祭典かのような雰囲気の中心にいた俺は、場の空気に流されて陽気に歌って踊る……はずもなく、楽しそうな人々を遠巻きに眺めるだけに終始していた。
本当はエリモス王への正しい謁見の仕方や、舞踏会での作法や簡単なダンスを教わるはずだったのだが、地下遺跡を巡る冒険や、その後の魔物の襲来によって受けたダメージと疲労の回復、そしてライハ師匠との気まずい別れ方もあって、色々なことに身が入らなかったので、礼儀作法やダンスを覚えることまで手が回らなかったのだ。
……まあ、ドレスを着た三姉妹の期待に応えられなかったのは申し訳なかったが、人生の殆どを華やかな舞台から目を背けて生きてきたのだから、どうしても人前で踊るという行為に勇気を持つことができなかったのだ。
ただ、セシリオ王子も俺と似たような生き方をしてきたのか、主賓であるにも拘らず最後まで誰とも踊ることなく、俺と一緒に部屋の隅でおとなしくしていたこともあったので、最後まで重い腰を上げることはなかったと言い訳をさせていただきたい。
そんな最後に情けないところを見せてしまったが、エリモス王国内でのやることを全てやり終えた俺たちは、次の目的地であり、今回の旅の最後の目的地になるであろう獣人が治める国、カナート王国、そしてエルフが住むという森へと向かうことにした。
――旅立ちの朝、せっかくだからと小雨を降らしてもらった俺たちは、お世話になって人たちへの挨拶を終え、城壁を抜けた先で荷物の最終チェックをしていた。
すると、
「皆さん! ああ、よかった間に合った」
バタバタと慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、息を切らせながらセシリオ王子改め、セシリオ王がやって来るのが見えた。
背後からお供の人と思われる人たちが慌てて駆けてくるのが見えたが、セシリオ王は流れてきた汗を拭いながら爽やかな笑顔を浮かべて話しかけてくる。
「すみません、中々仕事の目途がつかず、抜け出すのに苦労しました」
「苦労しましたって……一国の王様がそう軽々しく表に出てきていいのか?」
「はい、今はまだ大丈夫です」
俺からの質問に、セシリオ王は笑いながら肩を竦めてみせる。
どうやら王となっても、いきなり全ての政務をセシリオ王に任せるということはなく、今はまだ先代のエリモス王が政務の殆どを請け負い、彼はこれから父親の下で王というのもについて学んでいくのだという。
「というわけで、僕一人がいなくなっても何も問題ないありませんので、安心して下さい」
「ハハハ、そっか」
仕事を抜け出してきたのに実に堂々した様子のセシリオ王を見て、俺は思わず苦笑を漏らす。
セシリオ王は最初に出会った時はまだあどけなさの残る少年だと思ったが、この僅か一ヶ月の間に彼は本当に変わったと思う。
良い意味で図々しくなったし、誰に対しても物怖じしなくなったのは、一国の王として他国の使者との接見する時にも大いに役立つだろう。
男子、三日会わざれば刮目して見よ、という言葉があるが、一体どんなきっかけがあってセシリオ王がこんなに変わったのか、いつか後学のために聞いてみたいものだった。
「……本当、コーイチさんて面白い人ですよね」
「えっ?」
「今、僕がどんなきっかけで変わったのだろうって思いましたよね?」
「あっ、う、うん……」
いつも通り顔に出ていたのか、思わず自分の頬を挟み込むようにすると、セシリオ王は堪らず「プッ」と吹き出して破顔する。
「ハハハッ、もう、やめて下さいよ。僕が変わったのはコーイチさんのお蔭なんですから」
「……えっ、俺?」
「はい、そうです」
セシリオ王は手を伸ばして俺の手を取ると、目を真っ直ぐ見て頷く。
「僕はコーイチさんのその思ったことがすぐに顔に出てしまうのに、誰よりも真っ直ぐで、どんな困難にも一生懸命に抗おうとする姿勢を見て、あなたの様になりたいと思って変わったのです」
「あっ、おっおう、うっ? ううん、あり……がとう?」
まさかセシリオ王からそんなに褒められるとは思ってもみなかったので、気恥ずかしさから変なリアクションになってしまう。
そんな俺を見てセシリオ王は再び破顔して大袈裟に笑った後、溢れてきた涙を拭って改めて俺に向き直る。
「失礼しました。実はここに来たのは、コーイチさんとの約束を果たしに来たのです」
「約束?」
「はい、地下でお約束しましたよね? エルフと交流する方法をお教えすると」
「あっ……」
その一言で、俺はセシリオ王と交わした約束をすっかり忘れていたことを思い出す。
スールから貰った地図があるから目的地についてはどうにかなるが、確かにそこから先はどうするか全く考えていなかった。
そんな時、セシリオ王からエリモス王国ではかつてエルフと交流があったので、その方法を探ってくれるというものだった。
「どうやらその様子ですと、完全に忘れていたようですね」
「ハ、ハハ……めんぼくない」
背後でシドが呆れたように嘆息するような気配がしたが、俺は気を取り直してセシリオ王に改めて尋ねる。
「それで、エルフと出会う方法はわかったの?」
「ええ、正確にはエルフ……ではなく、その間を取り成してくれる者の存在ですね」
そう言ってセシリオ王は一枚のスクロールを取り出すと、中を広げて見せてくれる。
それは近隣の砂漠と、周辺諸国まで描かれたかなり大きな地図だった。
ただ、俺がスールから貰った地図や、ルストの街で買ってきた地図とは違い、砂漠の地形や砂嵐が起きやすい場所、休憩できるオアシスの場所などが描かれた砂漠を歩く上ではとても役立ちそうな地図だった。
その中でセシリオ王は、地図の奥にある森の手前にある建物群を指差す。
「エルフに会うためには、砂漠の果てにあるカナート王国の協力が不可欠なようです。この国にいるという守り人の協力を取り付ける必要があるそうです」
「……確定じゃないんだ?」
「はい、すみません。実はカナート王国とは、ここ十数年交流がなくなってまして……」
セシリオ王によると、ノルン城が混沌なる者による魔物の強襲を受けて陥落して以降、それに追従するようにカナート王国も国交を閉ざし、一部を除いて訪れた者を門前払いしているという。
「実は我が国でも何度か使者を送ったのですが……」
「駄目だったんだ?」
「はい……といっても、完全に交流をしてくれないというわけではありませんでした」
流石に完全に国交を断絶してしまうと、国の維持管理が不可能になってしまうので、一部の商人や特定の人物だけは国に入ることが許されたという。
もし、この情報を聞かずにカナート王国に向かっていたら、最悪、中に入れてもらえず、砂漠の真ん中で途方に暮れるところだった。
そんな貴重な情報をもたらしてくれたセシリオ王に感謝しながら、俺は気になっていることを尋ねる。
「それで、カナート王国に入れる特定の人物って……」
「私です」
俺の質問に、セシリオ王ではないところから応える声があった。
声のした方に目を向けると、かつて初めてメリルさんと出会った時のようにターバンで顔を隠し、全身をすっぽり覆うマントを見に付けた人物が立っていた。
一体誰だろうと思ったが、ふとその人物の背後に、長くてスリムな尻尾が揺れていることに気付き、俺はそれが誰であるかを察する。
「……もしかして、ネイさん?」
「はい、覚えて下さいましたか?」
俺からの問いかけに、ネイさんはターバンを外して思わず見惚れしまうような麗しい素顔を晒すと、ニコリと笑って優雅に一礼した。




