きっかけは、ほんの些細な出来事
「こ、恋……だと!?」
シドから告げられた言葉に、メリルは驚愕の表情を浮かべる。
「恋とはあれか? そ、その……男女がその……クチュクチュするや……つ……」
「何だよクチュクチュって……まあ、正確には恋というより、特定の人物が気になっているってとこかな?」
「だ、誰ですか!?」
シドの見立てに、一番強く反応したのはセシリオだった。
「シ、シドさん、教えて下さい。メリルさんは誰のことが気になっているんですか!?」
「誰ってそりゃ……」
シドは呆れたように肩を竦めると、必死の形相のセシリオを指差す。
「セシリオ、お前だよ」
「…………えっ?」
シドの一言に、セシリオはキョトンと目が点になる。
「ど、どうしてメリルさんが僕のことを? だって、僕はまだ……」
「姉さんに想いを告げていないのに……ってか?」
「はい……」
メリルの前なので言っていて恥ずかしくなったのか、セシリオはみるみる意気消沈していく。
その結果、モジモジと恥ずかしそうに身を捩る人間が二人になったことに、シドは呆れたように嘆息しながらある種明かしをする。
「……実はだな。姉さんはある時からセシリオの気持ちに気付いていたんだよ」
「えっ?」
「お前、砂漠であの巨大な化物と対峙した時、どさくさに紛れて姉さんに告白しただろ?」
「えっ?」
「何だっけ? 確か、大好きなあなたを守れるんだって証明してみせる、だったか?」
「ええっ!? ど、どど、どうしてシドさんがそれを……」
まさか聞かれていたとは思わず目を白黒させるセシリオに、シドは頭の上の耳を指差しながら話す。
「あたしたち狼人族の耳の良さは常人とは比べものにならないからな」
「あ、あたしたちってことはまさか……」
「ああ、そのまさかだよ。あの時のセシリオの告白、姉さんにはしっかり聞こえていたんだよ」
「で、ですがあの時のメリルさんは……」
「ああ、何故か聞こえないフリをしたよな?」
あの時のやり取りを全て聞いていたシドは、青い顔をしているメリルに問い詰める。
「なあ、姉さん。どうしてあの時、咄嗟に嘘なんか吐いたんだ?」
「ど、どうしてって……そんなはずないと思ったからだ」
赤い顔をして顔を伏せたメリルは、モジモジと指先を弄びながら話す。
「王子が言う好きは、あくまで友人や家族に向けて言う好きだ、と。それ以上の意味はないと……これまで何度か似たような言葉を聞いたが、特に気にしたことはなかった」
「こ、これまで何度もっ!?」
まさか、あの砂漠の一件以外にもメリルに想いが伝わっていたとは知らなかったセシリオは、顔を真っ赤にして絶句する。
セシリオが恥ずかしさで消え入りそうな状況に陥っているが、そんなことに気付いていないメリルは必死の形相でシドに詰め寄る。
「教えてくれ、シド! 今まで王子から好きだと言われても何とも思わなかったのに、どうして今はこんなにも苦しいんだ? これが恋なら、どうして私は王子に恋をしたんだ!?」
「……まあ、あたしの予想でよければ」
「教えろ。姉の命令だ!」
「わ、わかったよ」
何とも思わなかったという台詞に半分溶けかけているセシリオをちらりと見ながら、シドはメリルの気持ちが変わったと思われる理由を話す。
「姉さんはさ、これまで誰よりも前を走ってただろ? それこそ、男なんかに目もくれずにさ」
「当然だ。私には成すべきことがあるからな。だから私が求めるのは……私の心を揺り動かすのは自分より強い男だと思っていた」
「何だ。わかってるじゃないか」
シドはニヤリと笑うと、顔を覆って小さくなっているセシリオを指差す。
「ずっと一人で走って来た姉さんの隣に、セシリオが並んだんだよ。絶体絶命のピンチに駆けつけ、命を張って守ってもらったことで姉さんはコロッて落とされたんだよ」
「落とされたって……そんな簡単に」
「だよな? 本当、信じられないぜ」
自分の胸を押さえて愕然とするメリルに、シドも大袈裟に肩を竦めて苦笑してみせる。
「あたしもコーイチのことが好きになるなんて、出会った時には夢にも思わなかったよ。本当、普段はあんな弱っちい奴なのにな」
「そうか……シドも同じか」
妹分も同じ気持ちだったと聞いたからか、些か落ち着いた様子のメリルは改めてセシリオへと顔を向ける。
「――っ!?」
恥ずかしそうにこちらを見るまだあどけなさの残る顔を見た途端、動悸が早くなって思わず顔を背けたくなるが、それでもグッと堪えて彼の顔を見る。
(そうか、私は……)
思い起こせばセシリオと出会い、騎士として守る立場になった時、自分が守ることができなかったシドたちの面影を彼に重ねていた。
セシリオから向けられる憧憬の眼差しは心地よかったし、日々成長していく彼を見ていくのを嬉しく思うことは多々あった。
だからきっと、これからもセシリオの成長を見守り、彼の盾として仕えていくのも悪くないと思っていた。
だが、今は……セシリオの気持ちを、自分の気持ちが恋だと知ってしまったから、このまま止まるつもりは毛頭なかった。
狼人族としての血がそうさせるのか、メリルはシドがよく見せるような犬歯を剥き出しにして獰猛に笑うと、セシリオへと手を伸ばしながら話しかける。
「セシリオ王子……」
「は、はいっ、何でしょう!?」
「王子のお気持ちを今一度、私に聞かせてくれませんか?」
「………………はい、わかりました」
メリルから手を引かれて立ち上がったセシリオは、佇まいを直して彼女の顔を真っ直ぐ見据える。
気が付けば長らく降り続いていた雨が止み、雲間から光が差し込んできていた。
まるで称えるように降り注ぐ光を全身から浴びながら、セシリオはメリルに向かって長年積み重ねた想いを告げる。
「メリルさん、ずっとあなたのことが好きでした。これからは僕と一緒に同じ道を歩んでくれませんか?」
「ああ、勿論だ」
大きく頷いたメリルは頬を朱に染めると、感情を爆発させるようにセシリオの体を力強く抱く。
「王子……いや、セシリオ、これからは共に生きていこう」
「わわっ!? は、はい、よろしくお願いします。」
突然の行動に驚きながらも、セシリオもまたメリルの気持ちに応えるように彼女の背中に手を伸ばし、気持ちを確かめ合うように抱き合う。
「……やれやれ、見せつけてくれるね」
抱き合う二人に忘れ去られたシドはやれやれと肩を竦めると、額に張り付いた前髪を退けて雨の上がった空を見やる。
するとまるで新たな国王と王妃の誕生を祝うように、彼方に七色に輝く虹が架かっているのが見えた。




