腹を割って話します
「…………えっ?」
清潔感のある白一色の病室、メリルのために用意した花を花瓶に活けていたセシリオは、言われたことが理解できなかったのか、もう一度彼女に尋ねる。
「すみません……今、何と言ったのですか?」
「もう会うのはやめにしませんか? と言ったのです」
セシリオの淡い希望を打ち砕くように、メリルはベッドのシーツを握って彼の目を見て真っ直ぐ告げる。
「セシリオ様は今、こんな所に来る余裕はないでしょう」
「な、何を言って……」
「近日中に新しい国王になられるのですよね?」
「――っ!?」
どうしてそれを? と声に出さずに息を飲むセシリオに、メリルは目を伏せてぽつぽつと話す。
「実は……他の人が話しているのを聞いてしまったんです。セシリオ様はこの国の王子で、今度の誕生日でこの国の新たな王になると」
「そう……ですか」
「……どうしてですか?」
言葉に詰まるセシリオに、悲痛な表情のメリルが枯れの腕を掴んで詰め寄る。
「どうしてセシリオ様は、私に優しくしてくださるのですか? 私は……セシリオ様の一体何なのですか!?」
「そ、それは……」
メリルの問いかけに、セシリオは何と答えたものかと答えに窮してしまう。
ここで自分の秘めた想いを伝えるのは簡単だが、それは記憶のないメリルに対して常に誠実でありたいという自分の主義に反するからだった。
だが、その判断は誤りだった。
「やはり、何も話して下さらないのですね」
セシリオにとっては精一杯メリルに誠実でありたいという優しさなのだが、何も知らない彼女からしてみれば、知りたいことを何も話してくれない不誠実極まりない行為だった。
「……もういいです」
セシリオの煮え切らない態度に、メリルは愛想を尽かしたようにベッドから降りると、病室への出口へと向かう。
「メ、メリルさん!?」
メリルのまさかの行動に、セシリオは慌てて花から手を放して彼女の後を追う。
「ちょっと待って下さい。先生からまだ退院の許可が下りていませんよ」
「そんなの関係ありません!」
ここに来てまだ的のズレた発言をするセシリオに、メリルは怒りを露わにする。
「私が何も知らないことをいいことに、そうやって裏でほくそ笑んでいたのでしょう」
「ち、違います。僕はただ、メリルさんに対して卑怯なことはしたくないと……」
「卑怯? 卑怯って何ですか!? やっぱり何か言えないことを企んでいたのですか?」
「ち、違います!」
病室から退出しようとするメリルにの手を掴んで止めたセシリオは、青い顔をして静かに頭を下げる。
「すみませんでした。僕が……間違っていました」
メリルの訴えを聞いて、セシリオはようやく自分の過ちに気付く。
(僕は……僕の矜持を保とうとするあまり、メリルさんのことを何も考えていなかった)
記憶を失い、不安を抱えているメリルに対して、自分が何者であるのか、どうして毎日会いに来ているのかを明確に話していなかった。
逆の立場で考えてみれば、毎日会いに来て甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだが、その人物が何者なのか、どうして優しくしてくれるのかを一切話さず、ひたすら自分の記憶を呼び覚まそうと画策するのは、さぞ不気味に映っただろう。
(もう既に手遅れかもしれませんが……)
今からでも自分の真意を話して、メリルに自分のことをどう思っているか聞くべきだ。
これまでの経緯から結婚を断られることは濃厚だが、どうせ断られるにしても、メリルの口からキチンと断られたい。
そう思ったセシリオは、覚悟を決めてメリルの目を真っ直ぐ見据える。
「わかりました。僕の真意を……どうして今日までメリルさんに会いに来ていたのか、僕の気持ちも含めて全てお話します」
「……えっ?」
腹を括ったのか、凛とした表情で見つめてくるセシリオの顔を見て、メリルは思わず赤面する。
「は、話すのですか…………全てを? 今、ここで?」
「はい、全てをお話しますので聞いていただけますか?」
「あ、あうあう……」
あれだけ話して欲しいと言っていたにも拘らず、いざセシリオがその気になった途端、メリルは何故か目に見えて狼狽えだす。
「その、今すぐじゃなければダメ……ですか?」
「ダメです。残念ながら僕には時間がないのです」
ここでメリルに断られたら、セシリオは彼女の代わりに妻となる人に会いに行き、結婚式をはじめとする様々な儀式の取り決めをしなければならないのだ。
地下での経験で人間的にも一回りも二回りも成長し、新たに得た友人の影響ですっかり男らしくなったセシリオは、手を伸ばしてメリルの手を取って両手で包み込む。
「聞いて下さい。メリルさん、僕は、あなたのことが……」
「ダメッ!」
今にも愛の告白しようとするセシリオの言葉を、メリルは手を振り払って無理矢理に遮ると、背を向けて病室の外へと続く扉を開ける。
「それ以上は、聞きたくありません!」
そう吐き捨てたメリルは、そのまま脱兎の如く駆け出す。
「………………えっ?」
あっという間に見えなくなったメリルの行動が理解できず、セシリオは暫く呆然と立ち尽くしていたが、
「ま、待って下さい!」
告白の返事も聞かずに諦めるわけにはいかないと、消えてしまったメリルを追いかけるべく駆け出す。
そうしてセシリオが病院の出入口へと辿り着くと、
「おっ、王子様じゃないか」
メリルの見舞いに来たのか、花束を手にしたシドと鉢遭った。
「どうした? そんなに慌てて、まさか姉さんにフラれたのか?」
「あっ、シドさん……」
出会うなりいきなり失礼なことを言うシドに、セシリオは慌てていて皮肉に気付かなかったのか、特に気にした様子もなく彼女に助けを求める。
「それが、メリルさんが病室からいなくなってしまったのです」
「はぁ!? ど、どうして?」
「わかりません。ただ、僕が気持ちを伝えようとしたところで、何故か話を聞いてもらえず……」
自分でもどうしてメリルがいなくなったのかわからず、セシリオはがっくりと項垂れる。
「どうしましょう? やはり僕に何か配慮が足りなかったのでしょうか?」
「いや……」
困惑するセシリオに、シドは何かを考える素振りをみせながら病院の外を睨む。
「全く、あの人は……」
大きく嘆息したシドはやれやれと嘆息して肩を竦めてみせると、肩を落とすセシリオへと手を伸ばして笑いかける。
「王子様、姉さんに会いに行こう」
「えっ、シドさんはメリルさんが何処にいるのかわかるのですか?」
「ああ、多分な」
何か当てがあるのか、セシリオの問いかけにシドは確信を持ってしかと頷いてみせた。




