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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第三章 砂漠に架ける想い

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零れ落ちる

 どうしてこんなことになってしまったのか?


 エリモス王国内にある病院にシドと一緒に訪れたのだが、俺たちを見て激しく動揺をみせたメリルさんの身を案じ、医者の指示で一先ず病室を後にしていた。



 そうして待つこと数十分、再び眠りについたというメリルさんを診ていた医者から告げられた言葉に俺は愕然となる。


「あ、あの冗談……じゃないんですよね?」

「そうであれば、よかったんですがね……」


 俺の質問に、年季のついたヨレヨレの白衣を着たベテランの男性医師は、大きく肩で嘆息してみせながら話す。


「私も長いこと医者をやっていますが、あのような……記憶を失った者を診たのは初めてなんです。むしろ自由騎士様、あなたこそ記憶喪失の患者の対処法について何か知りませんか?」

「ええっ!? そ、そんなこと言われても困ります……」


 何度も言うが、いくら俺が異世界からやって来た自由騎士だからといっても、生憎と俺は何の取り柄もない一般人なので、基本的に意見を求められても困るが、特に医術に関してはほんとにさっぱりだ。


 だが、全く未知の症状に完全にお手上げだという男性医師は、藁にも縋る想いで俺に問い詰めてくる。


「どんな些細なことでも構いません。何か知っていることがあれば、教えていただけませんか?」

「そ、そうですね……」


 男性医師にそこまで求められては、俺としても協力することはやぶさかではない。

 それに、メリルさんにはかなりの恩義があるので、彼女の幸せのためにも何かいい案はないかと俺はあれこれ考えてみることにする。


 といっても、俺の頭は漫画とアニメ、そして少しのビジネス書でできているので、どうしてもそこに頼らざるをえない。


 例えば物語において主人公、もしくはヒロインが記憶喪失になるという話はそれなりにあるが、共通しているのは、一度記憶を失った者が再び記憶を取り戻すことが容易ではないことは言うまでもない。

 思い出の地を巡ったりとか、好きな物を食べたり、好きな音楽を聴いたりして脳に刺激を与えたりとか、果ては頭に強い衝撃を与えて記憶を取り戻させるという過激な方法もあったりするが、頭は非常に繊細な部分なので、そういう過激なことは避けたい。



 ちなみに、ライハ師匠に地下にある救命ポッドでメリルさんの記憶を取り戻せないかと聞いてみたが、あの装置は目に見える怪我を治せるが、記憶のような不確かなものを取り戻すことはできないという。

 むしろ、治療のためにあのポッドに入って目覚めた時にパニック状態になったら、今度こそ脳に重大なダメージを負って全ての記憶を失う可能性があるということで、あのポッドを使うのは断念した。


 そもそもメリルさんの身体の方は、何も問題ないのだ。



 だとすればマイルドな方法となるが、その代表的な方法となると、


「やはり、印象深かった出来事をなぞることですかね?」


 過去に起きた出来事でも、記憶に深く刻まれている出来事であれば、それだけ脳に強い刺激が与えられると思うので、その衝撃で記憶が戻る可能性はあるかもしれない。


「後は……」

「後は?」

「いや、何でもないです」


 男性医師の追求から逃れるように、俺はかぶりを振る。

 マンガやドラマでは恋人の衝撃的な告白や、情熱的なキスなどによって記憶が戻るという話があったりもするが、そんな現実的でない方法を取るのは得策ではない。


「とにかく、無理をしない程度に色々と過去を思い起こさせることが一番だと思います。きっかけさえあれば、ある日急に戻ったりすることもあるそうですから」

「そう……ですか」


 俺の顔をジッと見て何かを察したのか、男性医師はそれ以上は追及せず、カルテにサラサラと何かを書き込んで「失礼します」と言って立ち去っていった。



 男性医師が立ち去った後、俺たちはメリルさんの病室の前で立ち尽くしていた。

 一応、男性医師からは眠っていはいるがメリルさんとの面会の許可はもらっているので、入っても問題ないのだが、俺はどうしてもその一歩を踏み出すことができなかった。


 何故なら、今回、メリルさんが記憶を失った原因の一つが、決闘の時の俺の行動があったのではないかという懸念だった。


 もしかしたら守りたいと願った俺が裏切りにも等しい行為をしたことで、メリルさんがショックを受けて記憶を失ったかもしれないと考えると、今の彼女の前に姿を見せていいものかどうかわからなかった。



「……どうする?」


 中々一歩を踏み出さない俺に、シドが先陣を切って扉へと手をかけながら話しかけてくる。


「あたしはもう一度姉さんに会ってくるよ。次に目を覚ました時、一人じゃ何かと不安だろうからさ」

「そう……だね」

「それで、コーイチも一緒に行くのか?」

「俺は……」


 シドからの問いかけに、俺は力なくかぶりを振る。


「やめておくよ。もしかしたら記憶を失った原因が俺にあるかもしれないんだ。今会うと、余計にメリルさんを傷付けることになるかもしれないからさ」

「そうか……」


 がっくりと肩を落とす俺に、シドは気遣うように俺の手を取って両手で包み込む。


「心配しなくても、コーイチは悪くないよ」

「シド……」

「大丈夫。姉さんならある日あっさりと記憶を取り戻すって、それよりコーイチは王子様をここに連れてきてやってくれよ」

「そう……だね」


 実はメリルさんを一番心配しているであろうセシリオ王子は、昨日別れてから一度も会っていない。

 その理由は、彼がこの国の第一王子として、メリルさんに会いに来る以上にやらなければならない大事な仕事があるからだ。


 その仕事が終わればすぐにでも駆けつけてくるだろうが、その前にこちらから迎えに行ってこれからどうするか話し合った方がいいかもしれない。



 そう考えた俺は、シドに感謝するように手を握り返して笑いかける。


「わかった。それじゃあ、セシリオを呼んでくるから、メリルさんのことはお願いね」

「ああ、任せろ。妹分として、不甲斐ない姉を叩き起こしておくよ」

「ハハハ、お手柔らかに」


 シドなりの気遣いに改めて感謝しながら、俺は病院を後にして王宮へと向かうことにする。



 そうして病院から一歩外に出たところで、


「……冷たっ」


 額に何か冷たいものが当たり、俺は思わず天を仰ぎ見る。

 すると先程までの晴天が嘘のように空一面が暗くて厚い雲に覆われていることに気付く。


「あっ……」


 さらに二つ、三つと冷たい水が顔に当たり、俺はセシリオ王子の仕事が無事に終わったことを知る。


 どうやらエリモス王国に数カ月ぶりに雨が降り始めたようだった。

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