汚名を返上する
いくらメリルの予想を上回る実力を持っていたイビルバッドも、機動力の源である翼を奪われ、数の暴力という矢継ぎ早に繰り出される猛攻を前に抗う術はなかった。
「シド!」
最初のイビルバッドが完全に沈黙したのを確認したメリルは、最大の功労者であるシドに駆け寄って嬉しそうに話しかける。
「助かったぞ。お蔭でどうにか場を持ち直すことができた」
「ハハッ、姉さん。礼を言うのはまだ早いぜ」
メリルからの賞賛を軽く受け流したシドは、自分が倒したイビルバッドには目もくれずに彼方へと目を向ける。
「まだ一匹倒しただけだ。すぐさま次がくるぞ」
「そう……だな」
指摘を受けたメリルがシドが見ている方へと目を向ける、
すると、仲間がやられたことに気付いた二匹のイビルバッドが「キィー!」と耳障りな泣き声を上げながら突撃してくる。
「ハッ、ご丁寧に一斉攻撃はしてこないみたいだな」
全員でかかればシドたちは成す術なく蹂躙されそうだが、どうしてかクリミナルバッドたちは個別で攻めてくるようだった。
シドは静かに横に付くロキの頭を撫でながら、メリルに向かってニヤリと笑ってみせる。
「さあ、姉さん。次はヘマしてくれるなよ」
「わかってる。同じ轍を踏むつもりはない」
メリルは気合を入れるために大きく息を吐くと、シドに負けまいと不敵に笑ってみせる。
「私たちでどうにか一匹倒す。だからシド……もう一匹を頼めるか?」
「それは構わないけど……本当に大丈夫か?」
「二度も言わせるな」
シドからの指摘に、メリルは威嚇するように犬歯を剥き出しにする。
「この国を……この国に住む民を守るのは私たちの役目だ。初手こそ消極的な策でしくじったが、この国を守る騎士としてシドたちに後塵を拝するつもりはない」
「…………そっか、姉さんにとって、この国はもうそこまでの国なんだな」
メリルの堂々とした口上を聞いたシドは、眩しいものを見るように眦を下げる。
強者と会うために諸国を渡り歩くといって別れた姉のような存在のメリルが、いつかは戻ってきて一緒にしのぎを削りながら国を守ると思っていたメリルは、もういないんだとシドは理解はする。
だからといってメリルの考えを否定するつもりはないし、むしろ尊重したいとシドは思う。
まずは迫りくる脅威を排除して、姉の第二の故郷を守ってみせよう。
そう決意したシドは、部下たちに忙しなく指示を出しているメリルに話しかける。
「……姉さん」
「ん? 何だ?」
「この国を守ろうぜ。そして、後でたらふく肉を食って、浴びるほど酒を飲もう」
「フッ、もう勝った気でいるのか」
シドからの誘いを、メリルは呆れたように笑って肩を竦める。
「当然だ。今日は朝まで寝かさないから、覚悟しとけよ」
「ハハッ、そいつは楽しみだ」
シドは白い歯を見せて快活に笑うと、再びロキの背に跨って迫りくるイビルバッドに向けて駆け出した。
「ロキ!」
駆け出したシドが声をかけると、すぐさま黒い影が彼女に並走するように現れ「わん!」と一声鳴く。
「手前の一匹をやるぞ。いけるな?」
「わんわん」
ロキが「当然」というように吠えるのを聞いたシドは、頷いて黒い狼の背に乗る。
「あたしたちに作戦なんて必要ねぇ。正面から突き破るぞ!」
「わん!」
言葉はわからずとも、同じ想いを共有した一人と一匹は、正に人馬一体ならぬ、人狼一体となって砂の大地を駆ける。
迫って来るイビルバッドに一気に距離を詰めたロキは、大きく跳んで滑空して先行していた一つ目の悪魔へと襲いかかる。
「キィー!」
迫るロキを補足したイビルバッドは、巨大狼を迎え撃つために大きく翼を広げて空中で緊急停止する。
「キィ……」
翼を限界まで広げ、大きくのけ反ったイビルバッドが何か攻撃を仕掛けようとするが、そこでロキの背からシドが大きく跳んで飛び出し、彼の魔物の上を取る。
「――ッ、キィー!?」
何かを仕掛けるつもりだったイビルバッドは、狙っていた対象が二つに増えたことでどちらを狙ったらいいかわからなくなって視線を上下させる。
そして、そんな致命的な隙を晒したイビルバッドをシドたちが見逃すはずがない。
「ガウッ!」
先ずは下から迫ったロキがイビルバッドの体に組み付いて動きを阻害する。
「よくやった。ロキ、後は任せろ!」
続いて上から降って来たシドが、手にした大剣をイビルバッドの大きな一つ目に突き立てる。
「おらぁっ!」
続いてシドは気合のかけ声を上げながら大剣を振り上げ、イビルバッドの顔の上から半分を真っ二つにする。
「……ヘッ、楽勝だぜ」
イビルバッドの目から光が消えて行くのを確認したシドは、血が噴き出ている顔を蹴って再び宙へと身を躍らせ、そのまま近くにいたロキの背に着地する。
「よくやった。ロキ、完璧だったぞ」
「わふぅ」
あっさりと二匹目のイビルバッドを倒したシドたちは、互いを労いながら勝利を喜ぶ。
だが、
「キシャアアアアアアアアアアアアアァァァ!」
そこへ遅れてやって来た三匹目のイビルバッドが現れ、両足から伸びる巨大なかぎ爪でシドたちに襲いかかってくる。
空中で身動きが取れないシドたち話す術ない状況であったが、彼女たちは一向に焦る様子はなかった。
何故ならシドは、自分の姉同然の言葉を信じているからだ。
直後、風を切り裂くような音が聞こえたかと思うと、飛来してきた槍がイビルバッドの体に突き刺さる。
「キィー!?」
完全に意識外からの攻撃に虚を突かれたイビルバッドが空中で制止すると、続けて二本、三本と槍が飛来してきて一つ目の魔物の体に次々と突き刺さる。
「ヒュゥ……」
さらに続く槍の投擲による容赦ない攻撃にシドが口笛を吹きながら地上へと目を向けると、前衛を張るであろう屈強な戦士たちが、次々と槍を投げる姿が見えた。
どうやら最初の矢を防がれた反省を活かして、矢よりも大きくて弾くのが難しい槍での投擲を選んだようだった。
「シド、借りは返すぞ!」
そして、一際大きな槍を振りかぶっていたメリルが叫びながら槍を投擲すると、殆ど虫の息のイビルバッドの眼球を貫く。
「キィ…………」
それが止めとなったのか、三匹目のイビルバッドは弱々しく鳴いたかと思うと、ぐらりと体制を崩して重力に従って落下していった。




