ご飯でも食べながら
声がかかってすぐに広場に向かったから、混雑はそれほどでもない。
俺はミーファと手を繋いで、即席の石窯の前で作業しているネイさんたちに声をかける。
「ネイさん、レンリさん、お疲れ様です」
「あっ、コーイチ様。お疲れ様です」
「あんたとミーファ、ご飯と聞けば真っ先に姿をみせるよね」
ネイさんは満面の笑みで、レンリさんは相変わらずの素っ気ない態度ではあるが、姉妹は石窯から取り出したパイを大きく次々と切り取って、皿に乗せて渡してくれる。
「わぁ、いいにおい~」
「森の木の実で作ったパイです。ミーファちゃんの好きなお肉は入っていませんが、食べ応えは十分だと思いますよ」
「でしょうね」
見た目よりずっしりと重いパイに驚いていると、レンリさんがパイを二つ、三つと次々と乗せていく。
「こ、こんなにいいんですか?」
山となったパイを見て困惑する俺に、ネイさんは大きく頷いてみせる。
「はい、これからジャンジャン焼きますから、遠慮せず食べて下さいね」
「それに、これはあんたたちだけの分じゃないわ」
そそくさと手を伸ばしてきたミーファの手を無言で払いながら、レンリさんは俺の背後を顎で示す。
「あっちでお姫様たちがお茶してるから、二人にも持って行ってあげて」
「えっ? ああ……」
レンリさんが示す先を見ると、何やら図面を挟んで話し合いをしているフリージア様とフィーロ様の姿が見える。
「あの二人、今朝も殆ど食べずにずっと動いているから、いい加減食べろって無理矢理にでも渡してきて」
「そうなんだ……それってやっぱり?」
「そういうこと。というわけで、特にフリージア様のケアしてあげてね」
「わかった」
やはりというか、レンリさんはよく人のことを見ていると思う。
流石は元とはいえ人気ナンバーワンの……とレンリさんの経歴を思いかえしていると、長い尻尾を膨らませた猫耳の彼女が憤怒の形相で詰め寄って来る。
「ちょっと!」
「な、何……いたた」
レンリさんは俺の耳を容赦なく引っ張り、押し殺した声で囁いてくる。
「余計なこと考えないでよ」
「よ、余計なことって?」
「私の仕事のこと……あんたすぐに顔に出るんだから気をつけてよ」
「りょ、了解……」
まさか俺の表情だけで、レンリさんがナンバーワン風俗嬢だったことがバレるとは……、
「ちょっと!」
「あっ、ごめんなさい」
無言で手を振り上げるレンリさんを見て、俺はすぐさま謝罪して彼女にだけ聞こえる声で囁く。
「と、とにかく、これ以上はボロが出ないうちに食事を届けてきます」
「そうして……私も姉さんに説明してくるから」
レンリさんは大きく嘆息すると、ニコニコと笑顔で話を聞きたそうにしているネイさんに事情を話すために去っていく。
何故か楽しそうな様子のネイさんに、顔を真っ赤にして必死に説明するレンリさんを見ながら、俺の手の中のパイに見惚れているミーファに話しかける。
「行こうか?」
「うん! おにーちゃん、はやく」
もうレンリさんたち姉妹に興味がないのか、キラキラとした目で皿を見つめているミーファに手を引かれながら、俺は真剣に会議を続けている二人の姫様の下へと向かう。
フリージア様たちのすぐ近くまで来たところで、俺は一旦足を止める。
「…………」
実を言うと、混沌なる者との戦いを終えてから、まだ二人の姫様と会話をしていない。
本当ならそれぞれの代表である二人に真っ先に挨拶するのが筋なのだろうが、昨日は疲労が限界だったのもあるし、今日はロキの世話もあってこっちから出向く余裕もなかった。
ひょっとしたら向こうから会いに来てくれるかも? なんて淡い期待もしていたのだが、獣人とエルフ、それぞれの立場の代表として今日から復興に取り組む二人にそんな余裕はなかったようだ。
「……何て、言い訳だよな」
二人の姫様に挨拶をし損ねてしまった気まずさを、人の所為にするのはよくないな。
それに、こういうのは時間が経てば経つほど、気まずくなって話しかけづらくなるから、早いうちにこちらから挨拶してしまうのが得策だろう。
「おにーちゃん、どうしたの?」
足を止めた俺に、ミーファが服を引っ張りながら話しかけて来る。
「ミーファ、おなかすいた。はやくおねーちゃんたちといっしょにごはんたべよ?」
「うん、そうだな」
ミーファではないが、さっきからパイから漂ってくるバターの匂いに、空腹が限界だ。
もうパイの匂いが届いているはずなのに、こちらに見向きもせず図面を見て話し合っている二人の女性に話しかける。
「フリージア様、フィーロ様」
声をかけると、四つの大きな瞳がこちらを見て驚いたように見開かれる。
「コ、コーイチ様!?」
「あっ! あ、あのあの……」
「落ち着いて下さい。慌てなくて大丈夫ですから」
静かな声で話しかけると、フリージア様たちは顔を見合わせた後、揃って息を吐いて胸を撫で下ろす。
「申し訳ございません。突然のことで、取り乱してしまいました」
「それに、世界を救ってくれたのに、今の今まで碌に挨拶もせずに本当にごめんなさい」
「ああ、そんなかしこまらないで下さい」
慌てた様子の二人の姫様を見て、俺は内心で安堵のため息を吐く。
俺が密かに気まずいと思っていた通り、どうやら二人も同じ気持ちでいてくれたようだ。
その反応が見れただけで肩の荷が下りたような気がした俺は、手にした皿を掲げて二人の姫様に笑いかける。
「お二人ともお忙しいと思いますが、もうお昼です。よければご飯を食べながら少しお話しませんか?」
「ミーファもおなかペコペコ。おねーちゃんたちもでしょ?」
ミーファが声をかけると、何処からか「くぅ~」と可愛らしい腹の虫が鳴く音が聞こえる。
「あっ……」
すると、自分の腹が鳴ったのを自覚したフリージア様が顔を赤くさせて俯く。
「そうですね。私もお腹が空きました」
恥ずかしそうに俯くフリージア様をフォローするように、フィーロ様が大きく頷いて微笑を浮かべる。
「ありがとう、コーイチ。お茶を淹れ直して来ますから、皆でご飯にしましょう」
「あっ、それなら俺が……」
「いえ、ご飯を持ってきていただいたのですから、そちらは私がやります。どうかフリージアと談笑なさっていてください」
そう言ってポットを手に立ち上がったフィーロ様は、優雅な足取りでお茶を淹れに去って行った。




