ママに会いたくて
ミーファがいる場所を目指して、俺たちはうどんの後を追う。
「ぷぅぷぅ」
うどんは「こっちだよ」と時々立ち止まって案内してくれるのだが……、
「ふぅ……ふぅ……」
俺たちはいつの間にかエルフの里を抜け、険しい坂道をひたすら上り続けていた。
「う、うどん……まだかい?」
「ぷぷぅ」
「そ、そう……」
「うどんは何だって?」
俺の落胆した声に、すぐ隣にいるシドが少し疲労の色が見える顔で茶色い毛玉を見る。
「まさか、まだまだ時間がかかるとか?」
「いや、後ちょっとだってさ。ちょっとがどれくらいかはわからないけど……」
「そうか……少なくとも、見える範囲にはいないな」
俺より視力がいいシドが、やや疲れたように息を吐く。
エルフの里を出発してから十分くらい歩いただろうか?
いつの間にか辺りは深い森になっており、視界はかなり悪くなっている。
足元が見えないのと、地面が凸凹でいつ転ぶかわかならい恐怖感で疲労に拍車がかかっている。
「ふぅ……」
「疲れた?」
「いや、まだイケるさ。だからコーイチは安心してあたしにもたれかかれな」
そう言って笑うシドではあるが、流石に疲労の色が見え始めている。
うどんは後ちょっとと言っていたが、本当に後ちょっとで着いてもらわないと、色々とマズいことになりそうだ。
シドも本当にギリギリの状況だ。
こんなところで悪意のある者に襲われそうなものなら、一網打尽にされてしまうかもしれない。
実は泰三も一緒に付いてきてくれるとは言ってくれたが、彼も相当無茶をして限界だったのが目に見えてわかったので、もう休んでもらっている。
こんなことなら誰かに自動人形とかを造ってもらいたかったが、果たしてそんな余裕がある人がいただろうか?
「……ないだろうな」
「何がだ?」
「ううん、何でもない」
思わず漏れた愚痴にかぶりを振りながら坂道を登り続けていると、
「ぷぷぅ!」
先を行くうどんが「あそこだよ!」とぴょんぴょん跳ねながら道の先を示す。
「着いたって?」
「うん、あそこだって」
震える手で道の先を指差すと、シドと泰三の顔にも笑顔が浮かぶ。
どうにか気力を振り絞って坂道を上り終えると、深い森は終わり、そこから先は開けた丘になっていた。
丘の上からはエルフの里が一望することができることから、俺たちは坂道を登りながらぐるっと大回りして戻って来たのだと理解する。
「里の近くにこんな場所が……」
イクスパニアの月であるルミナに照らされた丘の幻想的な光景に見惚れながら、首を巡らせてミーファを探す。
すると、
「……いた」
丘の最も飛び出た先端部分に、巨大な黒い影と小さな人影が見え、俺は大声で呼びかける。
「ミーファ!」
すると、人影がピクリと動いて立ち上がったかと思うと、
「おにーちゃん!」
俺を呼んでこちらに向かって駆け出すのが見える。
勢いよく走って来たミーファは、そのままの勢いで俺の腰に抱き着いてくる。
「おにーちゃん、おかえり!」
「うん……ただいま。シド、ありがとう」
俺はシドに礼を言って離れると、膝を付いてミーファのことを抱き締める。
「約束通り、ちゃんと帰って来たよ」
「うん……うん……」
ミーファは尻尾をフサフサと降りながら、俺の首元に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
「えへへ……おにーちゃんの匂い、やっぱりおんなじだ」
「同じ?」
一体どういうこと? と思うと、ミーファが俺の匂いの正体を話す。
「あのね、おにーちゃんのにおい、ママとおんなじなの!」
「レド様と?」
「うん、そうなの。だからミーファ、ママのことすぐにママってわかったんだ」
「そ、そう……」
……その一言で、どうしてミーファがここに来たのかを何となく察してしまった。
おそらくレド様に初めて話しかけられたこの地で、ミーファは母親が会いに来てくれるのをずっと待っていたのだ。
「……コーイチ」
「うん、わかってる」
俺はシドと顔を見合わせて、互いに顔をしかめる。
シドには事の経緯は既に説明してあるが、ミーファにはどうやってレド様のことを伝えたらいいのだろう?
そんなことを考えていると、
「あのね、おにーちゃん」
俺たちの心の内など知る由もないミーファは、目をキラキラさせながら嬉しそうに話す。
「ミーファ、ママをさがしてるの。おにーちゃんはママがどこにいるかしらない?」
「ああ……っとだね……」
「ミーファ、あのな……」
「シド、ここは俺が」
助け舟を出してくれようとするシドを、俺はかぶりを振って制止する。
ここまで無理をして運んでもらったのに、辛い役目までシドに背負わせるわけにはいかない。
それに、ここで俺がミーファに説明することに大きな意味があるのだ。
「すぅ……はぁ……」
俺は一度大きく深呼吸をすると、ミーファに大切なことを伝える。
「あのな、ミーファ……」
「な~に?」
「申し訳ないんだけど、ママには会えないんだ」
「………………えっ?」
「レド様も物凄くミーファに会いたがっていたよ。いっぱい抱き締めて、頬擦りしてキスをしたいって言ってた。けど……けど、どうしてもミーファには会えないんだ」
「…………どう……して?」
ミーファの大きな瞳が揺れ出し、ボロボロと大粒の涙が溢れ出て来る。
「どうして、どうしてミーファはママにあえないの? おにーちゃんはママにあったんでしょ?」
「うん……だから、レド様からミーファに伝言を頼まれたんだ」
そう言って俺はレド様から託された言葉をミーファに伝えようとするが、
「やだあああああああああぁぁぁぁ!」
「ミ、ミーファ!?」
ミーファは俺の手から飛び出すと、天に向かって大声で叫び出す。
「ママアアアアアァァ! ママアアアァァ! ミーファは……ミーファはここにいるよ! どうして……ミーファのこと、きらいになっちゃったの……」
「ミーファ、違うよ。レド様は……」
「ママアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ……あああああああああぁぁん……わあああああああああぁぁぁん!!」
いくら呼び掛けても、ミーファの耳には俺の声は届かない。
ニーナちゃんとは違い、自分にはママはいないと思っていたミーファにとって、僅かでもレド様と会話できたことは、言葉では言い表せない程の喜びだったのだろう。
混沌なる者との戦いが終わればレド様本人と会える。
そう約束したわけではないだろうが、レド様と会話したミーファが勝手にそう思ってしまうのも無理はない。
そんな幼子の母親に会いたいというささやかな夢は、はかなくも砕け散ってしまった。
「ミーファ……」
「コーイチ、もういい」
まだ声をかけようとする俺に、シドがゆっくりとかぶりを振って止めて来る。
「今は好きなだけ泣かせよう……疲れ切って話を聞ける状態になったら、ゆっくりこれからのことを話していこう」
「……わかった」
確かに今は、シドの言う通りにするしかないようだ。
「わああああああああぁぁぁぁぁ……ママ……ママアアアアアアァァァ……」
その後もエルフの里が一望できる丘の上に、ミーファの母親を求める悲しい泣き叫ぶ声が響き続けた。




