ただいま
誰かの俺を呼ぶ声が聞こえる。
必死に、泣き叫ぶように何度も名前を呼ばれるが、正直なところ後にしてくれと思う。
とにもかくにも、今日は本当に疲れたのだ。
世界を救うなんて冗談みたいなことを本当にやってのけたのだから、気のすむまで眠らせてくれてもいいだろ?
そもそも、まだシドとミーファに報告すらしていないのだ。
…………ん?
そこで俺はあることに気付く。
「……イチ…………コーイチ!」
俺を呼ぶ声が、今最も会いたい人の声、シドの声であると……、
「クソッ、全く起きる気配がないな。こうなったら……」
こうなったら?
いったい何をされるのかと内心でドキドキしていると、
「一発、思いっきり殴ってみるか?」
「――っ!?」
思いもよらない物騒な声が聞こえ、俺は目を開けて飛び起きる。
同時に、
「「あだっ!?」」
目の前にあった何かに頭を強くぶつけ、目から星が飛び出すような衝撃に涙が出て来る。
「な、何だ……」
目がチカチカする中、首を巡らせると額を押さえ当て恨めしそうにこちらを見ているシドと目が合う。
「あれ? シド?」
「な、何が……あれ、シドだ!」
涙目のシドは、俺の言葉に顔を赤くさせて手を振り上げる。
な、殴られる!
そんなことを思って目をきつく閉じると、顔が暖かくて柔らかいものに包まれ、花のような香りが鼻腔をくすぐる。
殴られると思って身を構えてしまったが、シドは俺の頭を優しく抱いて泣いていた。
「よかった……ソラとロキが起きたのに、お前だけ起きなくて……このまま目が覚まさないんじゃないかと……」
「ご、ごめん……」
シドの手から逃れると、今度は泣きじゃくる彼女を抱き寄せて背中を優しく撫でる。
「心配かけたね。俺なら大丈夫だから……それと、ただいま」
「うん……うん……おかえり……」
シドは俺の腕の中でコクコクと頷くと、泣き腫らした顔で俺の顔を見る。
「シド……」
「コーイチ……」
どちから何かを言ったわけではないが、俺たちは互いに何かを求めるように顔を近付け、そのままキスをする。
シドの柔らかい唇、触れている部分から感じる彼女の体温で、自分が生き延びて帰って来たんだと自覚させてくれる。
再会を喜ぶように唇を重ね合わせ、顔を離したところで改めてシドが俺の目を見る。
「……で?」
「で?」
何だろう? と思って小首を傾げると、シドの目が三白眼になる。
「どうして起きなかったんだ?」
「ギクッ……」
シドの質問に、俺は反射的に目を逸らす。
マズイ……まさか起きなかった理由が、億劫だからなんて言えるはずがない。
だから何とか誤魔化す方法を考えなければならない。
そんなことを思うが、シドが息がかかるほどの距離まで近付いて俺を睨む。
「まさか、億劫だから起きなかったのか?」
「ふぐぅ! わ、わかっちゃった?」
「顔にハッキリと書いてあるからな」
シドは心底呆れたように大きく溜息を吐くと、俺の額にデコピンをする。
「あだっ!?」
「ムカつくけど、今はそれだけで許してやるよ。それだけ頑張ったってことだしな」
「あ、ありがとう」
シドに礼を言いながら、彼女の手を取ってどうにか起き上がろうとする。
だが、
「……うっ」
「おっと!」
思わず前のめりに倒れそうになる俺を、シドが手を伸ばして支えてくれる。
「無理するな。死ぬように寝ていたってことは、それだけ疲れてることだろ」
「ま、まあね……正直、かなりキツイかも」
「どうする? このまま朝まで寝るか?」
「いや、起きるよ」
上を見上げれば、もう空は真っ暗になっている。
正確な時刻はわからないが、狭間の世界で最後に見た景色から少なくとも数時間は経っているようだ。
「二人の姫様に報告もしたいし、来てくれた皆とも話をしたいしね」
「あ、ああ、それだけどな……」
シドは頭をガリガリと掻きながら、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「ソラに召喚された皆な? もう既に帰ったよ」
「えっ?」
「言っておくけど、コーイチが起きるのが遅いのが悪いんだからな。砂漠の王様なんかは結構ギリギリまで残ってくれたけど、待たせるのも悪いから帰ってもらったんだよ」
「そう……なんだ」
帰る前に、せめてお礼の一言でも言っておきたかったな。
来てくれたのは旅の途中で出会い、筆舌に尽くしがたい経験を経て深い仲になった人たちだっただけに、何も言えずに別れてしまったのは非常に心残りだ。
なんてちょっと感慨に浸っていると、
「な~に、しみったれた顔してんだよ」
「いだだだ……」
シドが俺の耳を引っ張りながら、ある提案してくれる。
「これから帰る途中で会おうと思えばまた会えるだろ? その時に今回の例も兼ねてたっぷり話せばいいじゃないか」
「そう……か、そうだね」
シドの提案に、俺は救われた気持ちになる。
「これから俺たち、グランドの街に帰るんだよな」
「そうだよ。ここに来るまで半年近くかかったんだ。帰るのもまたそれぐらい時間がかかるんだから、覚悟しておけよ」
「わかってるよ」
ソラに召喚されてやって来た人たちとは違って、俺たちは同じ道を辿って戻る必要がある。
だが、行きと違って帰りは随分と気が楽だと思う。
それに、加勢に来てくれた人たちとの再会があると思えば、その道のりは決して辛いものではないだろう。
「とにかく今は、一緒に戦ってくれた人たちに報告に行こう」
「ああっ、きっと今頃は勝利を祝うパーティーが開かれているだろうから、ウマい飯を食って、酒をたらふく飲もうぜ」
「ああ、そうだね……そうしよう」
魅力的な提案に笑みが浮かぶのを自覚しながら、俺はシドに支えられながら宴会が開かれているという場所へ向かっていった。




