「さよなら」なんて認めない
世界が真っ白に塗り替えられ、すぐに元の世界に戻るのかと思ったが、俺は尚も白い空間を漂い続けている。
右と左は疎か、上も下も、浮いているのか落ちているのかもわからない。
「…………あれ?」
この感覚、何だか凄く久しぶりだぞ。
初めてはこの世界に来た時、それから何度か同じような空間に無意識に放り出されたことがある。
「ということは、もしかして?」
あの人に会えるのか?
そんなことを思っていると、
「コ、コーイチさん……」
「えっ、ソラ!?」
まさかと思って声のした方に目を向けると、ソラが空中で手足をバタバタ動かしてもがいているのが見える。
「あ、あの……今そっちに行きます……から」
「落ち着いて」
ここでいくらもがいたところで、自由に動けないことを知っている俺は、ソラに向かって手を伸ばす。
「引き寄せるから、俺の手を取って」
「は、はい……」
空中を泳ぐようにしてこっちにやって来たソラの手を取ると、一気に引き寄せて胸の中に収める。
「す、すみません。元の世界に戻ると思ったのですが、ここは一体……それにロキの姿が見えないんです」
「そう……だね。確かにロキがいないな」
そう言われて俺は、ロキがこの場にいないことに気付く。
やはりこの空間は、先ほどまでいた狭間の世界とはまた違う狭間の世界なのだろう。
「でも心配しなくていいよ。ここにいなくてもロキは無事のはずだから」
「はい……コーイチさんがそう仰るのなら」
不安そうにキョロキョロと辺りを見ているソラは、顔を上げて小さな声で囁いてくる。
「あ、あの……もしかしてコーイチさんは、ここが何処か知っているのですか?」
「まあね、口で説明するのは難しいけどすぐにわかるよ」
本当は説明してもいいのだが、せっかくだからソラには驚いてもらいたい。
そんなことを思っていると、白の世界に変化が現れる。
白一色の世界に、何処からともなく一点の赤い色が灯る。
湖面に色が付くように赤色が広がり、やがて赤い花の蕾となる。
「あれは……花?」
予定通り蕾が広がり始めたところで、俺は赤い花から視線を外すように後ろを振り向く。
「えっ、コーイチさん!?」
いきなりそっぽを向く俺に、ソラの焦ったような声が聞こえる。
「ど、どうしたのですか? もしかしてあれを見ちゃいけないんですか?」
「いや、そんなことはないと思うけど……ただ、やっぱり悪いかな? と思って」
「悪いって……誰にですか?」
訳が分からないと、ソラが首を傾げると、
「クスクス、心配には及びません、コーイチさん、お気になさらずこちらへどうぞ」
「――っ!?」
透き通るような声が聞こえ、ソラがビクリと体を震わせる。
耳がピンと逆立ち、尻尾が忙しなくわさわさと動き出すソラを促して、俺は彼女と一緒に振り返る。
そこには裸……ではなく赤い花をドレスにしたような赤い衣装を身にまとったソラに非常に似た顔立ちの女性……三姉妹の母親であるレド様がこちらを見て微笑を浮かべていた。
「レド様、お久しぶりです」
「ええ、こうして会うのは本当にお久しぶりですね」
頷くレド様との積もる話もあるが、今は俺より優先してほしい人物がいるので、そちらに譲ることにする。
「ほら、ソラ……」
「……本当に?」
潤んだ目で確認してくるソラに、俺は頷いてみせる。
「本当だよ。だから、思いきり甘えておいで」
「は、はい!」
頷いて涙を拭ったソラは、両手を広げて待っているレド様の胸に飛び込む。
「母様! 母様ああああああああああああああああああぁぁぁぁ!」
「ああ、ソラ……まさかこの手であなたを抱ける日が来るなんて……」
泣きじゃくるソラを抱き締めながら、レド様もまた涙を零す。
「……グスッ、ソラ……レド様、よかった……本当に良かった」
声を上げて泣き出じゃくる親子を見て、俺もまたもらい泣きしてしまうのであった。
ひとしきり泣いて少し落ち着いたところで、レド様が顔を上げてこちらを見る。
「お待たせして申し訳ございません」
「いえ、親子の感動の再会を邪魔することなんてできませんよ」
「フフッ、ありがとうございます」
まだ泣き続けているソラの背中をさすりながら、レド様が本題を話す。
「実は……お別れを言いに来ました」
「母様!?」
まさかの一言を告げるレド様に、ソラが顔を上げて詰め寄る。
「お別れって……せっかくこうして出会えたのに?」
「ごめんなさい、でもこれはとても喜ばしいことなの」
ソラの涙を拭ってやりながら、レド様が事の真意を話す。
「私がこうしてコーイチさんたちと話せるということは、それだけ混沌なる者の脅威が迫っているということなの」
「じゃ、じゃあ……」
「ええ、ソラたちが混沌なる者の文体を倒してくれたお陰で、私は彼の者と共に再び眠りにつくことになるわ」
「そ、それじゃあ次に会えるのは?」
「また世界に危機が訪れる時になるわ……次は何年後か、それとも何十年後かわからないけど、どちらにしても暫くは混沌の勢力もおとなしくなるはずよ」
「でも……でも、世界が平和になっても、そこには母様がいないです……ううっ、うわああああああああぁぁん!」
「ソラ……ごめんね」
再び大声を上げて泣きじゃくるソラを宥めながら、レド様が困ったように笑う。
「というわけなの。コーイチさん、申し訳ありませんが……」
「嫌です」
おそらく自分のことを忘れて、三姉妹の今後をよろしく頼むと言おうとするレド様の声を遮って、俺は自分の想いを告げる。
「ソラとミーファに約束したんです。ソラだけじゃなく、三姉妹揃ってレド様に再会させるって、だからレド様も諦めて混沌なる者の本体がいる場所を教えてください」
「コーイチさん……」
「嫌だと言っても、聞きませんからね」
「………………わかりました」
レド様は諦めたように大きく嘆息すると、真剣な表情になる。
「ただ……申し訳ないのですが、私は自分が何処にいるのかわからないのです」
「ノルン城ではないのですか?」
「いえ、残念ながら……」
俺の疑問に、レド様はかぶりを振って否定する。
最後に戦ったのがノルン城だから、その近くにいると思ったが、どうやらそんな単純な話ではないようだ。
「では、どうしたらいいでしょう? 例えば、混沌なる者の復活を待たなくても、こちらから仕掛ける方法とかありませんか?」
「そう……ですね」
レド様は暫く思案した後、
「そういえば……」
何か思いついたのか、俺にある提案をしてくれる。
「私が召喚魔法を習っている時、エルフの方から世界を観測する力があると聞きました」
「世界を……観測?」
「はい、その力は人を呼び寄せる召喚魔法の逆で、自ら別の世界へと渡れるそうです。その力があれば……」
「母様を助けることができる!?」
ソラの質問に、レド様はゆっくりと頷く。
「ただ、本当に私がいる場所に来られるかどうかは未知数ですが……」
「構いません。ですよね? コーイチさん」
「ああ、勿論だ」
俺は力強く頷くと、レド様にハッキリと宣言する。
「混沌なる者を倒すのは、俺たち自由騎士の至上命令です。必ずや、その世界を観測する力を持つ人を見つけて、皆で助けに行きますから待っていてください」
「……はい、お待ちしております」
俺の決意を聞いたレド様は深々と頭を下げ、縋りつくソラを優しく抱き締めながら静かに泣きはじめた。




