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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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君の声が聞こえなくて……

「そ、そんな……」


 虫人登場という想定もしていなかった最悪の事態に、俺は呆然と立ち尽くす。


 先ほどの一撃で止めを刺すために持てる全ての力を出し尽くしたので、もうこれ以上打つ手が何もないのだ。

 手持ちのアイテムも尽きたし、立って歩くことすらままならない。


 これは正真正銘の……、


「詰み……なのか」

「えっ?」


 愕然と振り向くソラに、俺は顔を伏せて静かにかぶりを振る。


「実はさっきの攻撃で、もう指一本も動かせないんだ。俺だけじゃなく、ロキも……」

『……ソラ、ゴメンよ』

「そんな……」


 俺たちの惨状を聞いて、ソラは顔を青くさせる。


「それじゃあ、あの虫人はどうするんですか? まさか、このまま世界を見捨てるつもりですか?」

「そ、それは……」


 最期まで絶対に諦めたくない。


 想いだけならそのつもりだが、現実問題どう考えても奴を倒す術がないのだ。


「コーイチさん……」


 気休めすら言わない俺を見て何かを察したのか、ソラも悲しそうに顔を伏せる。

 すると、


「おい、コーイチ何してんだ! ボサッとするな!」


 レオン王子の必死に叫び声が聞こえ、俺は緩慢な動きで顔を上げる。

 すると、虫人が六本になった手足を忙しなく動かして、こちらに向かって猛然と突っ込んでくるのが見える。


「あっ……」


 どうにかしなければ……そう思うのだが、全身が鉛を着ているかのように重く、起き上がることすらできない。


「コーイチさん!」

「ソ、ソラ!?」


 逃げることすらできない俺に、ソラが覆いかぶさってきたので、慌てて声を上げる。


「ソラ、ダメだ。俺を見捨てて逃げるんだ!」

「嫌です! コーイチさんを見捨てるなんてできません!」


 わずかに残された力でソラを引き剝がそうとするが、彼女はそれより強い力で抱き着いてくる。

 そんなことをしている間に、虫人はもう目の前まで迫っている。


「クッ……」


 こうなったらせめて俺が身を挺すことで、僅かでもソラの生存確率を上げようと体位を入れ替えようとすると、


『コーイチ! ソラ……』


 ロキの声が聞こえたかと思うと、ガラスが割れるような音が響いて体に凄まじい衝撃が走る。



「うわあああああああああああああぁぁぁ!」

「キャアアアアアアアアアアアアアァァァ!」


 衝撃に吹き飛ばされた俺たちは、地面を何度も跳ね、成す術もなくゴロゴロと何メートルにも渡って転がり続けたところでようやく止まる。


「あ、あがっ……」

「うくぅ……」


 全身がバラバラになったかと思うほどの激しい痛みの中、ソラの苦しそうな嗚咽が聞こえ、彼女も無事であることを教えてくれる。

 虫人の攻撃をまともに受けたのにこうして無事でいられるのは、ロキが身を挺して守ってくれたからだろう。


「ロキ……無事か?」


 痛みに顔をしかめながらも、命の恩人のロキに声をかける。


 だが、


「…………ロキ?」


 ロキからの返事が来ないことに、俺は全身に嫌な汗が浮かぶのを自覚する。


「ロキ? ロキ、いるんだろ?」

「……コーイチ……さん?」


 必死になってロキに呼びかける俺に、身を起こしたソラが手を引いてくる。


「ロキが……どうかしたのですか?」

「何ってロキの声が聞こえないんだ! さっきまですぐ近くに気配もあったのに、それもなくなっているんだ!」

「えっ、それって……」


 口には出さないが、ソラも状況を察して顔を青くさせる。

 俺だってそんなことは信じたくないし、口にもしたくない。


「ロキ、お願いだ。返事をしてくれ……」


 この手から滑り落ちてしまったかと思うロキの存在を探して、俺は巨大狼へと声をかけ続ける。


「嫌だ……ロキ、君がいないと俺は……」


 この世界で生きていく自信がない。


 心にぽっかりと大きな穴が開いてしまったかのようなとてつもない喪失感に、俺はボロボロと涙を零しながらロキを探し続ける。

 少しでもロキのことを失念してしまったら、本当に彼女がいなくなってしまうような気がして、何度も……何度も呼びかけ続ける。


「そういえば……」


 女々しく泣き続ける俺に、顔を上げたソラが静かな声で話す。


「あの虫人は何処に行ったのでしょう…………あっ!?」


 首を巡らせたソラが何かに気付いたのか、一際大きな声を上げて俺の手を強く引いてくる。


「コーイチさん、大変です! 虫人が……虫人が!」

「……ソラ?」


 ソラの尋常じゃない声に、俺は少しだけ現実に引き戻されて彼女が示す先を見る。


「なっ!?」


 目を向けた先、虫人がいつの間にか巨大な翅を震わして世界樹に向かって飛んでいくのが見えた。

 そういえば、虫人からの追撃がないと思ったがなんてことはない。奴は俺たちに止めを刺すことより、世界を亡ぼすことを優先させたということだ。


「ああ、エルフの集落が……皆が!」


 ソラの悲鳴のような声に下界へと目を向けると、気付かない間に黒い竜巻はエルフの集落を蹂躙し始めていた。

 はっきりとは見えないが、集落内には逃げ惑う人々の姿も見える。

 それは集落に住むエルフか、カナート王国から避難してきて来た人々か、それとも俺の大切な家族化仲間か……、


 圧倒的な暴風がまき散らす炎の嵐に、地上にいる人たちは逃げるしかできない。

 目の前で繰り広げられる破滅の嵐は、これから世界全体を覆いつくすのだ。

 ロキだけじゃなくシドやミーファ、泰三やこれまで出会った人たちがまとめて死んでしまうのだ。


「――っ!?」


 その事実に気付いた途端、俺は冷や水を浴びせられたかのような気持ちになる。


 ロキを失ったということに絶望して、このまま全てを失うまで黙って見ていていいのか?


「嫌だ! そんなこと絶対に認められない」


 俺は弱気な自分を叱咤激励するように強くかぶりを振って、必死に頭を巡らせる。


 何か……何かないのか?


 打つ手は何一つして残されていないのは重々承知しているが、それでも最後の最後まで諦めることだけはしたくない。

 それはロキに生きることを託された俺の、最後の務めだと思うからだ。


「ソラ! レオン! 何でもいい。何か……何かないのか!?」


 俺が駄目でも、二人ならと一縷の望みを託して声をかけると、


「コーイチイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィ!」


 レオン王子の俺を呼ぶ叫び声が聞こえ、そちらへ目を向ける。

 すると虫人を追いかけて必死に駆け続けるレオン王子がこちらに向かって大きく手を振るのが見える。


「その言葉を待っていた! 今度こそ最後の切り札を出すぞ!」


 そう言ってレオン王子は、手にしているものを高々と掲げて見せた。

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