見えないはずなのに……
「レオン!」
「馬鹿、おせぇよ……」
俺が声をかけると、レオン王子は巨人の手をするりと回避して全身汗だくの顔でこちらを見る。
「どうやら当初の作戦は使えないみたいだな」
「ゴメン、でも、代替案を持ってきたから、後は任せて休んでくれ」
「その答えを……待っていた!」
再度迫る巨大な腕をギリギリのところで回避したレオン王子は、転がるように巨人から距離を取る。
「すまない……少し休んだら戻る」
「頼む」
正直なところ、俺たちだけでは巨人を長時間押さえるのは難しいので、純粋な戦闘力が一番高いレオン王子には早々に復帰してもらう必要がある。
「それじゃあソラ、手筈通りに」
「はい、無理せず時間稼ぎを、ですね!」
あらかじめ決めておいた作戦を復唱したソラは、腰のポーチから瓶を取り出して前へと出る。
「本当は大事な調味料を、こんな使い方したくないのだけど……」
一瞬だけ躊躇するように瓶を眺めたソラだったが、
「えいっ!」
意を決して瓶を巨人の顔目掛けて放る。
ほぼ直線に飛んだ瓶は、邪魔がいなくなって立ち上がろうとした巨人の顔に直撃して割れ、パッと黒い粉が舞う。
「――ッ! グオオオォォ!」
粉をまともに浴びた巨人は、鼻を押さえて苦し気に呻くと、
「フガッ……シュン! ブエエエックシュン!」
まるで空気が爆発したかのような豪快なくしゃみをする。
「ブエエ……エック! ブエエエックシュン! ブッエエエエエエエエェェックシュン!」
巨人は妙に癖のあるくしゃみを何度もしながら、顔に付いた粉を振り払うように強くかぶりを振る。
ここまで来たら、ソラが何を投げたのかは大方予想がつくだろう。
ソラが投げた瓶の中身は、別に高級というわけではないが、旅のお供としては是非とも持っておきたいお馴染みの香辛料、コショウだ。
果たしてコショウでくしゃみが出るのだろうか? と問われると微妙なところではあるが、相手が俺の何倍もの鋭敏な鼻を持つ獣人相手となれば話が変わって来る。
普段でもミーファだけでなく、シドも香辛料をかけ過ぎてくしゃみをしていたりするので、三姉妹より大きな鼻を持つ巨人ならより効果的かと思ったが、中々の効果のようだ。
「コーイチさん!」
「ああ、わかってる」
ソラが活躍してくれたのだから、次は俺の番だ。
俺は殆ど空になっているポーチから長い紐の付いた筒状の紙の束を取り出す。
この筒状の紙の中には火薬が入っており、爆発しても威力はたいしたことはないが、強烈な破砕音を響かせる特製の爆竹だ。
「本当はキャンプ時の野生動物対策の道具だったけど……」
そう思って爆竹を用意したのだが、普通に考えてロキに喧嘩を売るような野生動物がいるはずもないので、無用の長物と化していたものだ。
「……頼むよ」
旅に出てから一度も使ってこなかったが、それでも火薬を使ってある以上、メンテは欠かさず行ってきた。
ちゃんと作動するかどうかは出たとこ勝負だが、ここは日々のを信じるしかない。
紐をベルトに擦りつけて着火させ、導火線の残りに気をつけながら爆竹を巨人に向かって投げる。
ぐるぐる巻きにされ、重りの付いた爆竹は回転しながら飛んでいき、尚もくしゃみに苦しむ巨人の耳元で爆発して破裂音を響かせる。
「――ウガッ!? ウガアアアアアアアアアァァァッ!!」
耳元で破裂すれば鼓膜が破れてもおかしくないほどの音がする爆竹を、連続して耳元で浴びた巨人は、今度は耳を押さえて苦しみ出す。
「よしっ、効いたぞ!」
再び地に伏してもがき、苦しむ巨人を見てチャンスだと思った俺は、ソラに身振りで今のうちに巨人の背後に回ることを伝える。
このまま巨人の死角に回ることができれば、奴の隙をついてバックスタブを仕掛けられるかもしれないからだ。
「…………」
足音を殺して素早く巨人の背後へと移動した俺は、腰からナイフを引き抜いて構える。
「グガアアアアアアアァァァッ! アア……アアアアアアアアアアアアアァァァ……」
悲鳴を上げながらゴロゴロとのたうち回る巨人の背中を凝視すると、絨毯よりも広い奴の背中に黒いシミが浮かび上がるのが見える。
「……ゴクリ」
後はどうにか巨人の隙を突いて、ナイフを背中に突き立てることができれば……、
そう思っていると、巨人の動きに変化が現れる。
左右に転がっていた巨人がぐるりと向きを変え、こちらに向かって突撃してきたのだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
思わず情けない声を上げるが、そんなことで巨人が止まってくれるはずがない。
「ヒイイィ!」
調停者の瞳の能力で赤く光る軌跡を頼りに、悲鳴を上げながら必死にダイブする。
直後、俺のすぐ背後を暴走列車のように巨人がゴロゴロと転がって去っていく。
「……あ、危なかった」
攻撃でもなんでもなく、ただの転がりによってひき殺されるところだった。
全身に冷や汗が浮かぶのを自覚しながら去って行った巨人を見ると、転がった先で奴がくしゃみをしながら目と耳を押さえて苦しむ姿が見える。
「…………」
何か……おかしくないか?
どうしてあの時、巨人は急に俺の方に向かって転がり出したのだろうか?
ただの偶然という可能性も勿論あるが、だとしてもタイミングが良すぎる。
それはまるで、転がる先に俺がいることをわかっているような……、
「あ~、コーイチ。そういや一つ言い忘れていたわ」
流れる汗をぬぐう俺に、レオン王子が近付いてきてある忠告をする。
「相手の背後を付いて攻撃するアレな、必勝のタイミング以外では絶対に使うな」
それはまさかのバックスタブ禁止令だった。




