実は苦手なんです
床に手を付いてヴォルフシーカーを使おうと試みるが、どうやっても俺の体が地下へと潜る様子はない。
「マ、マズイ……」
ここにきて初歩的な作戦のミスに、背中に嫌な汗が浮かぶのを自覚する。
ロキの力を使えなくなってしまった以上、俺の運動能力ではどうやっても巨人の背中にナイフを突き立てることは無理だ。
そこで俺が考えた代替案は、巨人の背中に取り付けないのなら、巨人の方から地面に背中を着けてもらおうというもので、ソラとレオン王子の二人でどうにかして巨人を仰向けに倒して、そこをヴォルフシーカーを使って地面から接近した俺が背中を攻撃するという算段だった。
巨人の正体がレオン王子のご先祖たちと知り、獣人の弱点を起点に立てた作戦は上手くいったのに、肝心の俺のスキルが不発に終わるなんて思いもよらなかった。
「せっかくソラたちがチャンスを作ってくれたのに……」
場所を変えればどうにかなるのかもしれないと何度か場所を変えてみるが、どうやっても俺の体が床の下に沈むことはない。
「コーイチさん、どうしました?」
巨人を転がす一撃を繰り出したソラが、息を切らしながら駆け寄って来る。
「もしかして、ヴォルフシーカーが使えないのですか?」
「……ゴメン」
申し訳なさで心がいっぱいだが、それでも逃げるわけにはいかないのでソラの目を見てハッキリと告げる。
「足元に影が出てないから、この世界ならどこでもヴォルフシーカーを使えると思ったけど、どうやらこの世界には影そのものがないみたいだ」
「そんな……」
ソラは俺の足元を見た後、自分の足元を見て小さく息を飲む。
「た、確かに影がないです。もしかしてここが世界の狭間だからですか?」
「わからない……けど、ここでは床に潜ることはできないみたいだ」
このままいつまでも、スキルが発動するかどうか試している場合ではない。
最初の作戦が駄目なら、すぐに次の策に移る柔軟さが生死を分けるのだ。
師匠の言葉を思い出しながら、顔を上げてソラに尋ねる。
「レオンは?」
「巨人が起きないように抑えてくれてます」
そう言われて巨人の方へと目を向けると、レオン王子が起きようとする巨人の髪……というよりを獅子人族の証であるたてがみを引っ張り、地面に縫い付けようとしているのが見える。
たてがみを引っ張られるたびに、巨人は手を伸ばしてレオン王子を振り払おうとする。
だが、獣化したレオン王子は伸ばされた手をするりと抜けると、逆側に回って再びたてがみを引っ張って巨人を翻弄し続けていた。
「あれ?」
そこで俺は、あることに気付く。
「何か巨人の動きが……」
ただ起き上がるだけなのに、随分と苦戦していないか?
レオン王子の動きが俊敏過ぎて捉えられないというのもあるのかもしれないが、それにしても反応が鈍いような気がする。
「でも、どうして?」
「ひょっとしたら、たてがみ……でしょうか?」
俺の疑問に、ソラが自分の髪の毛を触りながら話す。
「私たち獣人は感覚が鋭敏なので、頭回り……特に耳を触られるのは苦手なんです」
「えっ、そうなの!?」
俺、いつもミーファの頭を撫でる時、ついでに耳をこちょこちょとくすぐっているんだけど……、
耳を触った時のミーファのこそばゆい表情が可愛くて、つい撫でるついでに触ってしまっていたけど、実は物凄く嫌だったりするのだろうか?
「あっ、コーイチさんは大丈夫ですよ」
絶望的な顔をしているのがわかったのか、ソラが慌ててフォローしてくれる。
「私は触れられた時に、手から相手の気持ちがわかる時があるのですが、コーイチさんからは優しい気持ちと、同じくらいの愛情が伝わってきてとっても嬉しい気持ちになるんです」
「そ、そうなの?」
「はい、だからミーファはコーイチさんに頭を撫でてもらうのが嬉しくて堪らないみたいです。その……わ、私も……」
「そ、そう……」
赤面して、甘えるように上目遣いでこちらを見るソラに不覚にもドキッ、としてしまったが、手から感情を読み取れるほど、獣人の頭は繊細ということか。
「…………」
その特性、どうにか活かすことができないだろうか?
ヴォルフシーカーを使って一気に決着をつけることができなくなってしまった以上、別の作戦を立てる必要があるし、長期決戦を仕掛けられるほどリソースに余裕はない。
正攻法で勝つことは不可能に近いので、とにかく弱点と思われる個所を攻撃し続けて、打開策を見つけていくしかない。
「お、おいコーイチ。まだか!」
思考を巡らせていると、レオン王子から悲鳴のような叫び声が飛んでくる。
「もう体力の限界だ。最初の作戦が無理なら、次の手を!」
「わかった!」
俺は一旦思考を停止して顔を上げると、レオン王子に向かって叫ぶ。
「今、ソラと二人でそっちに援護に行く。だからもう少しだけ耐えてくれ」
「わ、わかった……でも、本当に少しだぞ」
俺の声に、レオン王子は再び巨人の頭上での駆け引きへと戻っていく。
いつまでも考えている場合ではない。
「ソラ、レオンの救援に行こう」
「はい!」
ソラと並んで駆け出しながら、思い付いたことを口にする。
「とにかく巨人の頭を中心に嫌がらせをしよう」
「嫌がらせ……ですか?」
「ああ、倒すというよりどうにかして起こさない方向で、残りのアイテムを全部そこに注ぎ込もう」
「わかりました」
コクリと頷くソラに、俺は走りながら残り少ない手持ちのアイテムを次々と彼女に渡していった。




