巨人を転がす
レオン王子が造った壁の裏から飛び出しても、巨人はこちらに見向きもせずに、何かを求めるように両手を突き出して歩き続ける。
その先には、壁を壊したことで露になった世界樹が見える。
巨人が世界樹まで辿り着いてしまったら、俺たちの負けなのでそれまでに奴を倒さなければならない。
レオン王子曰くあいつは巨人の姿をしているが、動きは外の黒い竜巻と連携しており、奴の注意を惹きつければ、その分だけ竜巻の進行が遅くなるということだ。
だからまずは注意をこちらに引き付けて、巨人の前進を止める必要がある。
その一番手を担うことになったソラは、手足に精霊を纏い、滑るように地面を移動して巨人の側面へと回っている。
こちらをちらと見て、俺が頷くのを見たソラは、みるみる加速して巨人の膝に襲い掛かる。
「やあああぁぁっ!」
掛け声と共に繰り出された跳び蹴りは、可愛らしい声に反比例して巨人の体がぐらりと傾くほどの威力を秘めていた。
「すごっ……」
威力こそ凄まじかったが、巨人はたたらを踏んで転倒を回避すると、目をギョロリと動かしてソラを睨む。
「えいっ! やあっ!」
巨人の視線が向いたところで、ソラは巨人の顔目掛けて腰のポーチから取り出した瓶を投げつける。
二つ同時に投げられた小瓶は巨人の顔にヒットしてパッ、と赤と黒の粉が舞う。
「――ッ!? グオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッ!」
瓶の中をまともに浴びた巨人は、両目を押さえながら苦しそうにのたうち回る。
ソラが投げたのは、俺が最もよく使う目潰し攻撃用の瓶……ではなく、彼女が普段から愛用している香辛料の瓶だ。
その中でも特に刺激が強い香辛料を投げたようだが、人より鼻が鋭敏な獣人には効果覿面のようだ。
実際に俺の目潰し攻撃を喰らったレオン王子は、あれから丸一日は目も鼻もまともに機能せずに苦労したという。
「フガッ! フガッ!」
巨人は激しく手を振って周囲の粉を振り払うと、憤怒の表情でソラを睨む。
大きな目は涙目で潤んでいたが、流石にただの香辛料では機能不全に陥るまでには至らなかったようで、ソラに向かって駆け出す。
「……こちらです!」
巨人の注意が自分に向いたのを確認したソラは、踵を返して一目散に逃げ出す。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!」
完全に復帰した様子の巨人は、自分を苦しめる要因となったソラに復讐すべく駆け出す。
「来た……」
ドシドシと地響きを上げながら巨人を見て、ソラは背後を気にしながら必死に駆ける。
ソラが逃げ出した方向は世界樹とは逆方向なのだが、それで黒い竜巻が逆側へ移動するかと思われたが……、
「ダメか」
実際はそんなことはなく、移動スピードが若干遅くなった程度だ。
やはり黒い竜巻の進撃を止めるためには、あの巨人を倒す必要がありそうだ。
いくら風の精霊の力を借りているといはいえ、ソラがいつまでも巨人から逃げられるはずはない。
それに、あまり遠くに行かれると俺たちが助けに入るのも難しくなるので、ここは速攻で次の手を打つべきだ。
俺は巨人の背中を必死で追いかけながら、レオン王子に声をかける。
「レオン!」
「ああ、わかってる!」
あらかじめ追撃できる位置に移動していたレオン王子が、ソラしか見えていない様子の巨人に横から襲い掛かる。
「いい年したジジィ連中が、女の子一人に容赦なく襲いかかってんじゃねぇよ!」
レオン王子が横から巨人の腰に跳び蹴りを喰らわせると、巨体が大きくゆらぐ。
だが、ソラの時と同じように体制を大きく崩すことに成功はしたが、転倒するまでには至らない。
「ウガッ!」
右足を大きく上げた姿勢で踏み止まった巨人が、元に戻ろうとしたところで、
「あらよっと」
レオン王子がソラから受け取った瓶を巨人の足元へと何かを投げつける。
後方から必死に駆ける俺の位置からではレオン王子の動きしか見えないが、ここからでも瓶が割れる音が聞こえ、彼が何をしたのかを理解する。
次の瞬間、足を思いきり振り下ろした巨人の右足が地面を踏みしめることなく再び大きく振り上げられる。
その様子は、まるで雪の降る日に凍結した地面で足を滑らせた時のようだ。
いや、まるでではなく、巨人は実際に足を滑らせたのだ。
レオン王子が地面に投げつけたのは、ソラが調理用に使う油で、ちょうど足のかかとの位置にまかれた油を踏んだ巨人は足を滑らせたというわけだ。
「おらぁ!」
巨人の右足が大きく上がったタイミングで、レオン王子が残った左足の膝の裏へと跳び蹴り放つ。
通常でもよろめくほどの威力のある跳び蹴りを、体制を崩した状況で膝裏に受けた巨人の体が、大きく後方へと崩れる。
「やあっ!」
さらにそこへ、巨人が体制を崩すと同時に切り返して戻って来たソラが、巨体の顎を蹴ってとどめを刺す。
二人のコンビネーションによって、俺たちの五倍以上は優にある巨大な体躯が仰向けに倒れる。
「やった!」
事前に立てた作戦通りに、巨人を仰向けに倒すことに成功した二人の活躍に、俺は走りながらガッツポーズをする。
これで後は、ヴォルフシーカーで地面を移動して、倒れた巨人の背中からバックスタブのスキルを使ってとどめを刺すだけだ。
自分に課せられた任務を全うしようとするが、
「……あれ?」
そこで俺は、あることに気付く。
「ここの地面って……潜れるのか?」
そもそもこの世界に影はあるのか?
足元を見てみても、片足を上げてみてもそこには一切の影は見えない。
ということは、もしかしてこの世界の全てに影が落ちているのか?
そんなことを思いながらヴォルフシーカーを使ってみたが、俺の体が地面に潜ることはなかった。




