逃げられなくて
「うっ、うわああああああああああああああああああああぁぁぁ!」
背後から迫る地響きに心臓を鷲掴みされる思いに駆られながら、俺は必死に足を動かし続ける。
「何処か……何処か安全な場所は?」
走りながら首を巡らせるが、当然ながら白一色の世界に逃げ場なんてものは疎か、隠れられるような場所もない。
『来るよ!』
「わかってる!」
ロキから言われるまでもなく既に俺の右目、調停者の瞳が襲い掛かる脅威を捉えている。
ちらと振り返ると、巨人が大きく足を振り上げているのが見える。
自由になったその足で、俺のことを踏み潰すつもりなのだろう。
振り下ろされる足を注視し続け、
「はっ!」
タイミングを見計らって、思いきり跳んで巨人の踏みつけ攻撃を回避する。
「くぅ……」
すぐ背後で振り下ろされた巨大な足から発生した衝撃波に吹き飛ばされ、姿勢を崩しそうになることに肝を冷やしながら着地の衝撃に備える。
何故なら俺の視界には、次の脅威を示す赤が見えているからだ。
「お……っと!」
着地と同時に肩にのしかかるレオン王子の重さを膝で吸収して、すぐさま前方に大きく跳ぶ。
同時に、俺が着地した場所に何か巨大なものが落ちて来て、背中を衝撃波が襲う。
「――っ、まだ!」
まだ赤い軌跡が見えているので、俺は空中でくるりと身を翻して右手を振りかぶる。
「ロキ、いくよ!」
『任せて!』
「『せ~の!』」
ロキと掛け声を合わせて右手を思いきり振り下ろすと、巨人が突き出してきた拳とぶつかり、衝撃で俺の体が大きく吹き飛ばされる。
「うおっ! っとと……」
思った以上の速さで吹き飛ばされたことに驚いたが、どうにか転ばずに着地することに成功する。
「ふひぃ、危機一髪……」
『コーイチ、やるじゃん』
「だろ?」
三度の連続攻撃をどうにか凌ぎきったことに、安堵しながら俺は片手で支えていたレオン王子を再びしっかり抱える。
巨人との距離を稼ぐことに成功したので、後は華麗に着地してレオン王子を安全な場所に置く。
そう思うのだが、
「……えっ?」
ドスドスという音と共に地響きが聞こえ、全身にドッと嫌な汗が噴き出すのを自覚する。
「なっ、ななっ……」
まさかと思って振り向くと、巨人が陸上選手の如く猛然とこちらに向けて駆けて来るのが見える。
「ちょ、ちょっと待って!」
せっかく距離が離れたのだから一旦、リスタートし直さないか?
そう提案したいが、当然ながら巨人が止まってくれるはずがない。
俺の感覚だと移動にかなり苦労する距離だとしても、巨人にとってはたったの数歩で詰められる距離なのだから、追い打ちを仕掛けて来るのは当然か。
「クッ、やるしかないのか……」
せめてレオン王子をこの場に置いて、下がらないようにするべきか?
そう思っていると、
「やああああぁぁっ!」
可愛らしい掛け声が聞こえたかと思うと、駆けて来る巨人の脇腹にソラが思いきり飛び蹴りを喰らわせる。
「グギャッ!?」
完全な不意打ちを受けた巨人は、体を大きくのけ反らせて吹き飛ぶ。
「すごっ……」
唖然とする俺の目に、大きくのけ反った巨人がゆっくりと倒れていく姿が……、
「あっ!」
いや、倒れない。
倒れそうになるところで手を付いて耐えた巨人は、ギョロリと目を動かして空中で蹴りを放った姿勢のままのソラを睨む。
「いけない!」
ソラに狙いを定めて巨人が右手を振りかぶるのを見た俺は、その場にレオン王子を横たわらせ、必死に足を動かして彼女に飛び付く。
「ロキ、防御を!」
『任せて!』
ロキの声が聞こえると同時に、巨人の右腕が俺を捉える。
直後、俺の視界が大きく歪んだかと思うと、
「――ガハッ!?」
次の瞬間には白の世界の地面に強かに叩きつけられ、堪らず肺の中の空気を漏らす。
「……はぁ……ゲホゲホ…………」
「コーイチさん!?」
痛みに悶え、激しくせき込む俺にソラが手を伸ばしてくる。
「す、すみません。私を守って……」
「大丈夫、ダメージは思ったよりないから」
そう言って俺は、無理にでも笑って見せる。
実際、痛みは酷いが、戦闘不能になるほどの深刻なダメージは受けていなかった。
その理由は、この世界の地面にあった。
白の世界の何処が地面なのかは曖昧だが、幸いにも地面は思ったほど固くない。
思いきり叩きつけられたので痛みがないと言ったら嘘になるが、それでも硬い地面だったら地面に血の花を咲かせて行動不能に陥っていたか、即死していただろう。
それより今はそんなことを気にしている場合ではない。
「ソラ、巨人は?」
「えっ? あっ……」
俺の問いかけに、振り返ったソラが思わず身を固くするのが見える。
ソラの肩越しに先を見ると、俺たちを見下ろしている巨人が両手を組んで大きく振りかぶっているのが見える。
巨人がの顔は黒い霧に包まれていてはっきりとは見えないが、代わりにやたらと目に付く二つの目玉はニヤリと笑っているように見えた。
「あぐっ!」
身を起こそうとすると、背中に電撃が走ったような鋭い痛みが走る。
……駄目か。
脅威を示す赤い軌跡を見て回避が不可能と判断した俺は、恐怖で固まっているソラに話しかける。
「ソラ、君だけでも逃げるんだ」
「な、何を言っているんですか!?」
ソラは弾けたように振り返ると、手を伸ばして俺を支えるようにして立ち上がる。
「コーイチさんを見捨てるなんて絶対に嫌です。死ぬ時は……一緒ですから」
「ソラ……」
ここでソラを突き放したところで、彼女は俺を救うために何度も戻ってくるだろうから、一縷の望みにかけて彼女と一緒に逃げることにする。
だが、
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!」
歩き始めてすぐ巨人の叫び声が聞こえ、奴が腕を振り下ろしてくるのが見える。
「――っ!?」
それを見た俺は、残っている力を振り絞ってソラを思い切り突き飛ばす。
「コ、コーイチさん!?」
大きく目を見開いたソラが「どうして?」と避難の眼差しを向けて来るのが見える。
「ソラ、ゴメン……」
自分一人だけが犠牲になるわがままを許してほしい。
この後、ソラ一人で巨人が倒せるかどうかはわからない。
だけど……だけどそれでも、二人揃って無駄死にするのだけは避けたかった。
それにまだ、諦めたわけじゃない。
「ロキ、俺に力を貸してくれ!」
『わかってる。アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォン!!』
何処までできるかわからないが、全力で巨人の攻撃を受け止める。
そう覚悟して身構えていると、
「いくら何でも、それは無茶過ぎるんじゃないのか?」
何処か呆れたような声と共に、何者かが俺の前に割って入って来た。




