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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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悪い予感は……

 レオン王子へとナイフを突き立てると、人の肉を切り裂く感触はなく、無抵抗にスルスルとナイフが埋まっていくことに背筋がゾワリと総毛立つ。


『そこで引かないで。最後まで押し切って!』


 思わず臆しそうになるが、ロキの叫び声に背中を押されて思いきりナイフを押し込む。

 すると、ナイフが付け根まで届きそうなところで何か硬いものにぶつかる感触があったかと思うと、ガラスが割れるような音が聞こえてナイフがあっさり根元まで埋まる。


「…………どうだ?」


 これで巨人とレオン王子の繋がりを断つことができたのか?


 奇妙な手応えはあったが、これだという確信があるわけではない。

 とりあえず、ナイフを引き抜いていいものかとロキに尋ねようと思うと、突き立てたナイフが押し返される感覚がする。


「なにが…………おわっ!?」


 ロキにどうしようかと尋ねようと思うより早く、レオン王子の腹からナイフが押し出され、中からどす黒い液体が噴き出してくる。


「な、ななっ……」


 噴き出したどす黒い液体は熱くも冷たくもなく、手やナイフにべったりと張り付いた液体も、程なくしてずるりと滑り落ちて後には何もなかったように消えていく。


『コーイチ、見て!』


 どす黒い液体が付着した手とナイフの様子を確認していると、ロキの声が聞こえて顔を上げる。

 すると、レオン王子の腹からどす黒い液体の噴出が止まるのが見え、続いて巨人を繋いでいた筋繊維が次々と巨体へと収容されていき、彼の体が解放されるのが見える。


「おっと!」


 前のめりに倒れそうになるレオン王子を抱き留めた俺は、体温を感じない冷たい身体に胸が締め付けられる衝動に駆られる。


「そうだ。腹は?」


 ナイフを思い切り突き立ててしまったレオン王子の腹へと目を向けると、そこには刺された傷はなく、さらにはあの奇妙な紋様が消えていることに気付く。


「よかった……」


 レオン王子の体が傷ついていなかったこと、無事に混沌なる者との関係を断ち切ることができて本当に良かったと思う。


 レオン王子の命を救うことはできなかったが、それでも彼の尊厳を守ることはできた。

 願わくば、このままレオン王子の遺体を持って行って、しっかり弔ってやりたいと思った。


『コーイチ。しんみりしてないで早く逃げよう』

「あ、ああ……そうだな」


 確かにここで感傷に浸っている場合ではない。


 俺は全裸のレオン王子の下腹部だけ隠密用のフードで隠して抱え上げる。

 別に俺の体にレオン王子の股間が張り付くのを気にするつもりはないが、ソラのためにも、彼が必要以上に辱しめを受けるような真似はしたくないから一応ね。


 そんなことを思いながら優に百キロ以上はあるレオン王子の体を担ぎ上げる。


「うん、いける」


 力の抜けた人の重さは正直かなり来るが、それでもロキのお陰でこのまま走ることもできそうだ。


「待ってろ。今安全な場所まで運ぶからな」


 ちらと上を見ると、巨人はレオン王子との繋がりが消えた影響か、がぐりと背面にのけ反った姿勢のまま止まっている。

 逃げるなら今しかないと、俺は足に力を込めて一気に駆け出した。



「はぁ……はぁ…………」


 走り出してすぐ、動かない人を抱えて走ることの難しさを思い知る。

 だが、レオン王子がこれまで受けてきた苦難や舐めさせられてきた辛酸に比べれば、この程度は苦労のうちにも入らない。


「あと少し……」


 あと少しで巨人の手が届かない場所までレオン王子を連れ出せる。

 そう自分を鼓舞しながら必死に足を動かしていると、


『コーイチ、デカいのが動いた!』


 後ろの様子を見ていたロキの切羽詰まった叫び声が聞こえる。


『ヤ、ヤバイよ……早く、早く逃げて!』

「……ああ、わかってる」


 そうは言っても、もう安全圏までは目と鼻の先だ。

 だからそう慌てる必要はないのでは?


 そう思いながらちらと後ろを振り返ると、


「……あえっ?」


 俺の目に、信じられない光景が飛び込んでくる。

 目を見開く俺の視界に、真っ白な世界の地面を突き破りながら悠然と立ち上がる巨人の姿が見えたのだ。


「な、なな……まさか!?」


 レオン王子が巨人の右手を封じていたのを見た時から、そんな予感はしていた。


 もし、レオン王子を救出したら、巨人を阻むものがなくなり、全身が解放されて完全体になってしまうのではないのか、と。

 何度目になるかわからないが、こういう時の俺の悪い予感は当たる。


 思わずそんなことを思い出す俺の目に、まるで逆再生された映像のように骨と筋繊維だった巨人が再生されていく様子が見える。

 骨の上に綺麗に編むように筋肉がまとわりつき、皮膚が浮かび上がったかと思うと、皮膚を埋めるかのようにゆらゆらと揺れる闇の衣をまとう。


 最後に、首から上の顔にも闇の衣が覆ったかと思うと、


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!」


 声帯が出来たからか、耳を劈くような怒声を響かせながら、巨人がこちらに向けて猛然と駆け出した。

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