繋がりを断つ一撃
俺たちが動き出すと同時に、巨人にも動きが現れる。
内部からレオン王子の必死の抵抗を受けているにも拘わらず、ギギギ、と不気味な音を立てながら筋繊維剥き出しの右腕を振り上げる。
「コーイチさん」
すると、ソラが俺たちの前に出て、振り返ってニコリと笑う。
「ここは作戦通りに、ですよ」
「わかってる……気をつけて」
「はい、いってきます!」
元気に返事をしたソラは、俺たちを置いて跳ねるように左右にステップを踏みながら前へと出る。
「は、速い……」
『うん、旅に出ることが決まってから、ソラは特に下半身を鍛えていたからね。その成果が出たって感じだね』
「そ、そうなんだ……」
ロキが嬉しそうに話すが、日頃から必死に努力している身としては非常に複雑な気持ちだ。
普段のソラは胸に重りを抱えているそうだから、その縛りから解放されたからと言われたらそうなのだが……やはり獣人は特別だということだろうか?
『大丈夫』
すると、俺の考えを見透かしたようにロキが優し気な声で話しかけて来る。
『心配しなくても、コーイチもそう遠くないうちにシドたちと同じ領域にいけるよ』
「……もしかしなくても、顔に出てた?」
『うん、でもボクの言ったことに噓偽りはないよ』
だから安心して。そう言うようにロキは俺の頬をペロリと舐める。
そう遠くないうち……それがどれぐらいの期間なのかはわからないが、ロキの期待には応えたいところだ。
それに今は、ロキと同化していて本来の実力の何倍もの膂力があるのだ。
そう言った意味では、今のうちにシドたちの世界を体験しておくのも悪くない。
『コーイチ、今のうちに』
「ああ、わかってる」
ロキに促され、俺は気配を消して巨人の視界から外れるように静かに走り出す。
白の世界には隠れられるような障害物は一切ないので、この行為にどれだけ意味があるかわからないが、ここは俺の隠密スキルが有効的に働くことを祈ろう。
「やああああぁぁっ!」
駆け出してすぐにソラの気合の入った雄叫びが聞こえ、そちらへと目を向ける。
次の瞬間、凄まじい衝突音と共に巨人の右腕が大きく弾かれるのが見える。
「おおっ!」
『ソラ、凄い。カッコイイ!』
足を高々と上げた姿勢でいるソラを見て、ロキが喜色の声を上げる。
どうやら巨人が振り下ろしてきた右腕を、ソラが蹴り飛ばしてはじき返したようだ。
上を見上げると、巨人の二の大きな眼球がギョロリと動いて、ソラを捉える。
どうやら巨人の狙いは、完全にソラへと移ったようだ。
声帯がないからか、巨人は声を上げることなく体をソラへと向け、動く右腕を振り上げては攻撃していく。
だが、ソラは振り下ろされる攻撃を見切っているかのように次々と華麗に回避していく。
「急ごう」
余裕に見えても、ソラもいつまでも回避できるとは限らない。
巨人の振り下ろされる腕は、たった一度のミスで簡単に死んでしまうほどに強力だからだ。
俺は巨人にバレないように息を殺して静かに、足音を殺して巨人の背後へと回る。
巨人の背後は全体がゆらゆらと揺れる闇の衣に覆われており、筋肉や骨が剝き出しとなっている様子はない。
ここからバックスタブのスキルで一気に致命傷を負わせられればいいのだが、生憎とロキの力を借りてジャンプしても巨人の心臓まで届きそうにないし、怪しげに揺れる闇の衣に触れていいものかどうかもわからない。
ここは本来の作戦通り、レオン王子の救出を優先させよう。
巨人の背中から視線を切った俺は、巨人の視界に入らないように気をつけながら腹部へと回る。
巨人はソラを攻撃するために激しく身をよじるので、奴に押し潰されないように気を付けなければならない。
何度か押し潰されそうになりその度に冷や汗をかいたが、どうにか巨人に気付かれることなく腹側へと回ることに成功する。
「ふぅ……」
片膝を付いた姿勢で拘束されているレオン王子を見やると、左手に巻き付いている筋繊維が僅かに震えているのに気付く。
「レオン、俺たちのために戦ってくれているんだな」
『だね。早く彼を助けよう』
俺は大きく頷きながら、ロキに尋ねる。
「それで、調停者の瞳でレオンを見ればいいんだな」
『うん、前にボクを助けてくれたように。彼とデカい奴の繋がりを断つんだ』
「わかった。やってみる」
俺は大きく深呼吸をして、改めてレオン王子を見やる。
以前、ロキを助けたとは、嵐で前に進めなくなったときにお世話になった牧場で起きた一幕……、
ロキがガルムと呼ばれる魔物に操られた時、初めて調停者の瞳が発動して、巨大狼と敵との見えない繋がりを断った出来事だ。
今でこそ調停者の瞳は、敵の攻撃を見て回避する未来視的な使い方をしているが、本来は目に見えない力に干渉する力だ。
だから今回も、レオン王子と巨人という見えない繋がりを断つことで、彼を救出できるのでは? ということだった。
「……頼むよ」
俺は小さく祈りの言葉を吐きながら、赤くなっているだろう右目でレオン王子を睨む。
普通ならこんな無茶な作戦と思うかもしれないが、これを提案してきたのがロキだからこそ、俺は全幅の信頼を置いている。
ロキとの信頼関係が深いというのもあるが、アニマルテイムのスキルの一つに、その時の最適解のアドバイスをくれるというものがあるからだ。
ゲームの『グラディエーター・レジェンズ』では全く役に立たないスキルであったが、この世界に来てからは、このスキルに何度救われてきたかわからない。
だから今回もきっと……そう思いながらレオン王子を舐めるように見ていると、
「あっ……」
彼の腹部、ゴブリンの心臓を喰らったことによって浮かび上がったであろう変な模様が赤く光っていることに気付く。
「いや、でも……」
あそこを突けば巨人との繋がりが断てるとしても、腹を刺されたレオン王子は無事で済むはずがない。
それでは結局、レオン王子を救えず、ただ殺すのと変わらないのではないだろうか?
『大丈夫、やろう』
逡巡する俺に、ロキが耳元で囁いてくる。
『その一撃は特別な一撃だから彼が傷つくことはないよ。だから恐れず、思いっきりやるんだ』
「わかった!」
そう言われたら、信じるしかない。
ロキの後押しで勇気をもらった俺は、腰のベルトからナイフを引き抜く。
「レオン、戻ってこい!」
願いの言葉を叫びながら、俺は躊躇うことなくレオン王子の腹部へとナイフを突き立てた。




