目に見えない戦い
何で……どうして?
混乱する頭で自分を拘束する巨人の左手を見ると、先ほど骨だったはずの手を包むようにピンク色の筋繊維が見える。
何があったのかはわからない。
だが、ほんの数秒目を離した隙に左手が動けるようになって、俺を拘束したということか。
「クッ……」
想定が……甘かった。
左手が動かせないと勝手に思い込んで、注意を怠った俺の完全なミスだ。
「あがっ!」
俺を掴む巨人の左手が力を込めてきたのか、ミチミチと全身が悲鳴を上げる音に堪らず声が漏れる。
ヤバイ、このままじゃ……、
必死にもがいてロキに助けを求めるが、
『このっ、コーイチを放せ!』
ロキは半透明の牙を巨人の左手に食い込ませていたが、ビクともしていない。
俺を介していないからなのか、ロキの力が十全に機能していないのかもしれない。
ロキでダメとなると、もしかして脱出する術はないのではないだろうか?
絶望という単語が頭をよぎったその時、
「やあああああああああああああぁぁぁ!」
背後から可愛らしい声が聞こえたかと思うと、全身に衝撃が走って拘束が解かれる。
「コーイチさん! 手を伸ばして!」
「ソ、ソラ!?」
まさかの声に驚きつつも、伸ばされたソラの細くて白い手を握る。
途端、物凄い力で引き寄せられ、ソラの細い体に抱き留められる。
「よかった。私にもできました」
「で、できましたって……さっきのはソラが?」
「はい……って、ちょっと失礼します」
ソラは俺を放り投げるように横に置くと、まるでシドのように足を左右に開いて構える。
「ま、まさか……」
唖然とする俺の目に、巨人がソラに右手を伸ばしてくるのが見える。
「ソラ、危ない!」
反射的に、ソラへと手を伸ばすが、
「やああぁぁ!」
彼女は俺の手をするりと抜けて前へと出ると、気合の掛け声を上げて巨人の右手に向かって足を振り上げる。
「んなっ!?」
思わず口をあんぐりと上げる俺の目に、巨人の右手が大きく弾かれるのが映る。
「す、凄い……」
驚きはしたが、ソラもシドと同じ狼人族なのだ。
これまでもその片鱗は見え隠れしていたのだから、ソラにもシドと同じような真似ができてもおかしくはない。
『コーイチ!』
「わかってる!」
ロキの言葉に、俺はすぐさま我に返って前に出る。
ソラの思わぬ活躍ぶりに圧倒しかけたが、彼女に向かって赤い軌跡が伸びて来ているのが見えた。
右手を弾かれた巨人が、すぐさま左手で追撃を仕掛けようというのだろう。
巨人の腕を思い切り蹴り飛ばしたソラは、足を振り抜いた姿勢のままで、まだ体制が整っていない。
いくらポテンシャルが高くても、ソラの経験値はゼロに等しいのだ。
「ソラ!」
俺はソラの腰に手をまわして彼女を抱きかかえると、危険範囲から逃れるように後方へ大きく跳ぶ。
「きゃっ!?」
可愛らしい悲鳴が耳元から聞こえてくるが、悪いけど今は気にしている場合じゃない。
避けたと思った巨人の左手が方向転換して、真っ直ぐこっちに向かって突っ込んできているのだ。
『コーイチ、もっと早く! もっと急いで逃げて!』
「わかって……る!」
ロキの力も借りて全力で逃げてはいるのだが、そもそも大きさの差で巨人の方が圧倒的に早い。
「コーイチさん、ここは私が犠牲に……」
「そんなことできるわけないだろ!」
思わず声を荒げながら、必死に足を動かし続ける。
振り返らずとも、すぐそこまで巨人の手が迫ってきているのがわかる。
だが、ソラを身代わりにして自分だけ助かるなんて選択肢は絶対にありえない。
……こうなったら、ライハ師匠直伝の受け流しで左手を逸らしてみるか?
なんて一瞬考えたが、ソラを抱えていることを思い出してすぐさま却下する。
「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
結局、自力で逃げ切るしかないと判断して、死ぬ気で走り続ける。
「えっ?」
すると、担がれているソラが声を上げて俺の肩を叩く。
「コ、コーイチさん!」
「な、何? 今ちょっと忙しいんだけど……」
今必死に走っているから後でいい? と暗に言うが、ソラは俺の肩を叩きながら呆然と呟く。
「手が……巨人の左手がまた骨になっちゃいました」
「何だって?」
そう言われて、いつの間にか手が迫るプレッシャーがなくなっていることに気付くが、念のために速度を落とすことなくちらと背後を振り返る。
「あっ……」
するとソラの言う通り、直前まで迫っていた巨人の左手の動きが止まり、覆っていた筋繊維がなくなって最初に現れた時と同じように骨になっていた。
「ほ、本当だ……でも、どうして?」
こちらから特に何かしたわけではないが、巨人に何かあったのだろうか?
そう思って巨人へと目を向けたところで、
「あっ……」
巨人に拘束されているレオン王子の左手が、再び筋繊維に包まれていることに気付く。
しかもよく見れば、それは筋繊維に包まれているというより……、
『コーイチ、あの人の左手見て!』
「ああ、間違いない」
ロキの指摘に、俺は笑みを浮かべながら頷く。
再び拘束されたレオン王子の左手をよく見れば、筋繊維に拘束されているというより、自分から掴みに行ったという風に見えた。
それはつまり、
「レオン、お前も戦ってくれているんだな」
この窮地を救ってくれたのがレオン王子だと知り、俺は胸が熱くなるのを自覚した。




