不完全な巨人
現れたレオン王子は子供の姿ではなく、俺がよく知る青年の姿をしていた。
衣服は着けてこそいないが、剝き出しになっている部分はへそから上だけなので、仮に今すぐレオン王子が目を覚ましても、ソラに下腹部を見られて恥をかくようなことはないので安心してほしい。
しかし、そんなことより目を向けるべきは、レオン王子のしっかりと六つに割れた腹だ。
そこには二本の角を持つ悪魔を思わせる刻印、レオン王子が成長したからか、夢の中で見た時より小さく見える。
だが、禍々しく紫色に光っているのは相変わらずで、まるで呼吸するかのように怪しく明滅を繰り返している。
「レオン……」
腹の紋様を見て、先ほどの邂逅が嘘でなかったことを確認した俺は、思わず手に力が入るのを自覚する。
『どうしたの?』
すると、俺の変化を目敏く察したロキが顔を寄せてくる。
『体に余計な力が入ってるよ。力み過ぎはあんまりよくないよ』
「そう……だね。ありがとう」
慰めてくれるように頬擦りしてくるロキを宥めながら、いよいよ全貌が露になった巨人を睨む。
「あいつを倒せば、レオンを救出できるはずだ」
『そうなんだ。そりゃあ気合いが入るのもわかるけど、冷静さは失わずにね』
「わかってる」
背後を振り返り、ソラに安全な場所に退避しているように指示してから一歩前に進み出る。
壊れた壁の向こう側から現れた巨人の全長は、一体どれくらいあるのかはわからない。
わからない理由は、見えている部分がへその上の上半身だけだからだ。
下半身は地面に埋まっているのか、それとも存在しないのかはわからないが、見えていない部分はひとまず置いておく。
それより気になるのは、骨が剝き出しになっている部分と、中途半端に筋繊維が見えている部分、そして黒い闇の衣をまとった黒い部分。
おそらく黒い部分が完全体で、それ以外は何かしら不具合が生じてまともに動かすことができないと思われる。
先ほど攻撃した左手は骨が剥き出しで動く気配はないが、右腕は肘から上が黒く覆われ、下が筋繊維で覆われているので油断はできない。
「攻撃を仕掛けるなら左手側からだな」
『うん、でも気をつけて。足が生えて来るかもしれないから』
「そうだね。そっちは任せるよ」
ロキと役割分担を確認して、頷き合って前へ向き直る。
「さっきは驚いたけど、どうにかしてあの巨人からレオンを助け出そう」
『方法はあるの?』
「ああ、ある……」
可能性は未知数だが、ゼロではないはずだ。
俺は右目の下をそっと撫でて調停者の瞳の発動を確認してから、もう一度囚われているレオン王子を見る。
……待ってろ。もう少しの辛抱だからな。
目を閉じたままピクリとも動かないレオン王子に誓いを立てて、俺たちは再び巨人へと襲い掛かる。
「まずは攻撃が通るかどうか確認しよう」
『了解、足の方は見ているから、思い切りやっちゃって』
「逃げられる程度にね」
軽く冗談を言いながら、俺は再び動く気配を見せない巨人の左手に向かって半透明の右腕を振り下ろす。
「よしっ!」
動かない巨人の左手を切り裂く手応えに頷きながら、油断なく傷口を睨み続ける。
すると、切り裂かれたはずの巨人の手が、まるで早戻しの映像を見ているかのようにみるみる回復し、一秒も経たずに完全回復していた。
「なるほど、これは一筋縄ではいかないな」
『うん、次は骨以外の場所を……コーイチ!』
「大丈夫、見えている!」
ロキの注意を促す声に、俺は自分に迫る赤い軌跡の範囲から逃れるように後ろに下がる。
次の瞬間、俺がいた場所に巨大な何かが通り過ぎてすぐ後に突風が駆け抜ける。
何かの正体は言うまでもない……巨人の腕だ。
顔を見上げれば、剥き出しになっている骸骨の眼窩から覗く二つの真ん丸の目玉と目が合う。
「――っ!?」
まぶたのない球体の目玉の不気味さに鳥肌が立つのを自覚しながら、俺は次の攻撃が来る前に前へと出る。
狙うは、レオン王子の腕を拘束している筋繊維だ。
両腕を切り離しただけで自由にできるかどうかはわからないが、とにかく今は一つでも情報を得るためにできることやっていく。
「ロキ、ここは俺が!」
『わかった。防御は任せて』
ロキの爪では範囲が広すぎてレオン王子を傷つけてしまう可能性があるので、ここは俺のナイフで行く。
腰のベルトへと手を伸ばしてナイフを引き抜いた俺は、巨人の腹部へと一気に距離を詰めて、手にしたナイフを一閃する。
目の前に銀閃が走ると、ほとんど手応えを感じることなく筋繊維が両断される。
「よしっ!」
だらりと下がるレオン王子の左手を見て、ここなら攻撃が通ると確信した俺は、レオン王子のもう片方の手を解放するためにナイフを構える。
「今助けてやるからな!」
そう叫びながら、レオン王子の右手を拘束している筋繊維断つため、ナイフを走らせようとすると、
『ダメ! コーイチ今すぐ逃げて!』
「――っ!?」
ロキの必死の叫び声が聞こえ、俺は慌てて後方へ跳んでその場から離脱を試みる。
だが、
「あぐっ!」
空中に逃げた俺を、それより早く伸びてきた巨大な手によって拘束される。
「なっ、馬鹿な!?」
右手の位置は、細心の注意を払って追っていたはずだ。
そう思いながら自分を掴む巨大な手を見て、俺はあることに気付く。
「ひ、左手だと……」
俺を掴んだのがさっきまで骨だけで身動きすらままならない左手だったと気付くと同時に、全身がミシリと軋む嫌な音が耳に響いた。




