混沌の巨人
白の世界の壁を勢いよく破って現れた手は腕の長さだけで数メートルもあり、俺の体など片手で簡単に握り潰せるほどの大きい。
「デ、デカすぎるだろう!」
腕だけでもあまりの大きさに思わず腰が引けるが、威勢よく現れた腕は、現れると同時に力なくパタリと白い床に落ちる。
「……えっ?」
『コーイチ、そんなに心配する必要がないかもよ』
思わず目が点になる俺に、ロキの呆れたような声が聞こえる。
『見て、あの腕、筋肉がないよ』
「あっ……」
確かにロキが言うように、現れた腕は骨が剥き出しで筋肉というものがない。
見たところ骨の構造は人と同じように見える。
これから現れるのは少なくとも四足歩行の動物ではないと思うが、それでも俺としては驚きを隠せない。
「そこはファンタジーの謎の力で、無理矢理動かしてくるんじゃないのか?」
『わけわかんないこと言ってないで、今のうちにあの腕をやっつけちゃおう』
「……そ、そうだな」
ロキの指摘通り、敵が現れるまで律儀に待ってやる必要はない。
ズルズルと這い出るように現れる敵に注意しながら、動く気配のない腕に向かって走る。
『コーイチ、ボクの爪を使って!』
「わかってる!」
一切の手加減をしてやる必要はないので、俺は右腕を包む半透明のロキの爪を大きく振りかぶる。
この世界に来てから何度も骨を処理したことがあるが、骨というのは思った以上に脆く、ロキの力を使わなくとも俺の腕で簡単に砕くことができる。
大型の動物になれば、重量を支えるために骨が硬くなっていくのは想像できるが、果たしてこの骨の硬さはいかがなものか?
「おらぁっ!」
気合を入れながら思いきり半透明の爪を振り下ろすと、何かを切り裂くような確かな手応えが返って来る。
「よしっ!」
自分の腕じゃなくても手応えが返って来ることに驚いたが、今のは間違いなく骨を切り裂くことができた。
念のために安全な距離まで退避して、まるでバターを切るような感覚で易々と切り裂いた骨の様子を確認しようと目を向けると、
「……あれ?」
そこで俺は異変に気付く。
何かを切り裂く確かな手応えがあったにもかかわらず、力なく伏している骨には何の異常も見えなかった。
「な、何で? 確かに切り裂いたはずなのに……」
『……びっくりした』
愕然としていると、一部始終を見ていた様子のロキが起きたことを説明してくれる。
『あの骨……裂けたと思ったらすぐに元に戻ってた』
「それって回復したってこと?」
『う~ん、回復したっていうより、攻撃そのものがなくなったって感じに見えた。もっともっとたくさん攻撃しないと、倒せないかも』
「わかった。連続攻撃だな」
高速で回復するのなら、相手が回復できないほどの手数で攻める。
正に戦いのセオリーだな。なんて思いながら再び前へと出ようとすると、
「コーイチさん、待って!」
「――っ!?」
後ろからソラの悲鳴のような声が聞こえ、俺は反射的に足を止めて前方を注意しながら背後を振り返る。
すると、青い顔をしたソラが、自分の頭の方を必死に指差している。
どうやら上を見るように指示しているのだと気付いた俺は、ゆっくりと顔を上に向け、
「……うひ」
思わず変な声が漏れた。
何故なら俺の目に、こちらを見ている巨大な二つの目が映ったからだ。
いつの間にそこに現れたのかはわからない。
ただ、手の持ち主と思われる顔だけで二メートル以上はありそうな超巨大な骸骨が、真っ暗な眼窩の奥から覗く二つの眼で俺を見ていた。
が、骸骨の方には目玉付いているのかよ。
ファンタジーを否定されたと思ったのに、再びファンタジーの世界っぽい展開になったことに、心の中でツッコミを入れながら一旦後ろに下がる。
下がっている最中もひたすら追いかけて来る目玉の不気味さに、全身に鳥肌が立つのを自覚しながら、ソラのところまで戻って礼を言う。
「あ、ありがとう。あんなのが出ていたなんて全然気付かなかった」
「いえ、私もてっきり腕から順番に出て来るのかと思ったのですが、急に顔が出てきたので……びっくりして心臓が止まるかと思いました」
「俺も……ここ数年で一番びっくりしたかも」
まだドキドキと激しく脈打つ心臓を押さえながら、俺は徐々に表れる巨体へ目を向ける。
腕が完全に骨だったから全身ももれなく骨かと思われたが、顔の一部には筋繊維と思われる赤い糸が絡みついているのが見える。
次に現れた首から下には人体模型で見るような筋肉の付いた首元が見え、胸から先には衣服かと思われるような黒い闇の衣のようなものをまとっているのが見えた。
「……ひょっとして、まだ完全体じゃないのか?」
まるで現在進行形で人間を造っていますと謂わんばかりの様子を見て、これが完全体となったら、どれだけ巨大な人に……どんな顔になるのかと思う。
「倒すなら、尚更今のうちだな」
『うん、急ごう』
具体的な作戦はないが、ロキの力をフルに使えば、あの巨体をものともせずに倒せるかもしれない。
そう思って飛び出そうとするが、
「あ、あれは……」
俺の目にあるものが飛び込んできて、思わず足を止める。
巨人のへその部分、闇の衣が剥げている部分に見覚えのある影が見えたからだ。
「レオン……」
巨人の腹部に筋繊維によって磔にされていたのは、不幸が重なって混沌に吞み込まれてしまったカナート王国の王子、つい先程、互いの健闘を誓い合ったレオン王子その人だった。




