心の中へ
ペンとしても使える細長い炭を添え木にして折れた指を固定すると、ソラが息を切らしてやって来る。
「コーイチさん、その指……」
「大丈夫、ちょっと力の加減がわからなくて怪我したけど、ここから先はロキの手を使うし、なんならこっちを使うから」
そう言って俺は、腰のナイフを軽く叩く。
「わがままだけど、できるだけレオンの体を必要以上に傷つけたくなくてさ」
「わかります。死者を冒涜するような真似はしたくありませんし、それが知り合いでしたらな尚更です」
「うん、ありがとう」
共感してくれるソラの優しさに感謝して、倒れて動かないレオンに目を向ける。
「それじゃあソラ、お願いできる?」
「はい、コーイチさん、私と手を繋いで下さい」
「わかった」
ソラから差し出された手をそっと握り返し、二人で倒れているレオン王子の前に立つ。
「今から召喚魔法を使って、私とコーイチさんとでレオン王子の心の中に入ります」
「心の中に?」
「はい、混沌なる者はレオン王子の心に取り憑き、絶望を与え続けることで力を蓄えています。ですから私たちが心の中に入って、レオン王子を助け出すんです」
「なる……ほど?」
何となくわかるような、わからないような……、
そもそもレオン王子は死んでいるはずなのに、心の中に入るということはどういうことか?
「えっと、レオンの肉体は死んでも、魂は生きているとかそういうこと?」
「あっ、そうです。よくわかりましたね」
まさか正解を引かれるとは思わなかったのか、ソラは大きく目を見開いて驚く。
「ただ、正確にはレオン王子の魂は混沌なる者によって無理矢理現世に繋ぎ留められ、囚われている状態なんです」
「それじゃあ、全てが終わったら……」
「残念ながらレオン王子は、お亡くなりになられてしまいます」
「そうか……」
どちらにしても、レオン王子が復活するような奇跡は起きないということか。
だけど、混沌なる者によってレオン王子が苦しみ続けているのなら、一刻も早く助けたやりたい。
「よしっ!」
レオン王子を助けるという大義名分を得た俺は、気持ちも新たにソラに質問する。
「ソラ、それで俺は何をしたらいいんだ?」
「はい、私が魔法でコーイチさんをレオン王子のところへ連れていきますので、コーイチさんにはレオン王子への呼びかけをお願いします」
「呼びかけって……普通に声をかければいいの?」
「はい、それで充分です」
膝を付いて倒れているレオン王子の手を取ったソラは、俺が声をかける理由を話す。
「魔法の成功のカギは、いかにレオン王子の心を動かせるかにかかっているんです」
「心を……動かす」
「はい、とても重要な役割なんです」
ソラによると、レオン王子の心は混沌なる者によって鎖に繋がれ、自由に動くことは疎か、外との接触もままならない状況だという。
そこで召喚魔法を使って鎖に小さな穴を開け、そこから感情を揺さぶるようなことをしてレオン王子に目覚めてもらおうということだった。
「なるほど、だからレオンと親しい俺が声をかけることで心を動かせってことだね」
「そういうことです」
ソラが手を引くので、座って彼女の目線に合わせる。
「大丈夫、いつでもいけるよ」
「わかりました。では……」
ソラは目を閉じると、大きく深呼吸を繰り返して集中する。
「…………」
思わず見惚れてしまうような整った横顔は、初めて出会った時よりも少し大人びたような気がする。
初めて見たときはレド様かと思うほど母親と似ているソラであったが、もう二、三年もすればシドに負けないようなとんでもない美人になると思った。
そんな益体もないことを考えていると、準備が整ったのかソラがゆっくりと目を開ける。
「……いきます」
そう言ったソラが何かを呟くと同時に、俺の視界が一瞬にして真っ白に染まった。
「………………………………えっ?」
突然の事態に、俺は思わず間抜けな声を上げる。
つい先ほどまで黒い竜巻に囲まれた空間にいたのに、今は一面が何もない真っ白な世界にいた。
「ここは……」
状況は全くわからないが、少なくとも俺はこの空間を知っている。
初めてはこの世界に来た時、それ以降も何度か訪れたことはあるレド様がいる謎空間だ。
ということは、ここにはレド様がいるということだろうか?
そう思ってキョロキョロと辺りを見渡していると、
『びっくりした。何にも見えないや』
声に反応して顔を上げると、半透明のロキの姿が見える。
どうやらこの謎の空間に飛ばされても、俺とロキの同化は継続されているようだ。
『ねえ、コーイチはここが何処か知ってる?』
「いや、詳しくは知らないけど、ただ何回かは来たことあるよ」
ひとまず俺が知っている情報だけでもロキに伝えようとすると、
「ここは、狭間の世界です」
「ソラ?」
背後からソラの声が聞こえ振り返る。
すると、先ほどまで何もなかったはずの空間にいつの間にかソラの姿があった。
どうして手を繋いでいたはずのソラが背後に現れたのかはわからないが、とにかく事情を知っていそうな彼女に色々と聞いておきたい。
「ソラ、狭間の世界って?」
確か、俺たちがいくのはレオン王子の心の中じゃなかったのか?
そう思っていると、ソラが困ったように微苦笑を浮かべる。
「……もしかして」
「はい、顔に出でいましたよ」
クスクスと笑うソラであったが、すぐに表情を引き締める。
「詳しい説明は省きますが、ここは既にレオン王子の心の中です」
「えっ?」
「来ますよ」
そう言ってソラが前方を指差すので、そちらへと目を向ける。
すると、白一色の世界に一滴の黒い点が落ちて来るのが見えた。




