漆黒に呑まれし者
砂漠イルカたちの後押しで一気に渦を乗り越えた俺たちは、竜巻に巻き込まれないようにある程度中に入ったところで外へと出る。
「…………」
何が起きても対処できるように警戒しながら外に出てみるが、いきなり何かが飛んでくるような気配はない。
「風は……思ったより弱いな」
てっきり強風が吹き荒れていると思ったが、肌を撫でる程度の風の強さにホッと息を吐く。
周囲を見れば、すべてを拒むように立ちはだかる黒い竜巻が轟々と音を立て、稲光が走っているのが見える。
上を見上げれば曇天の曇り空が見え、しとしとと降り続ける雨が肌を濡らす。
決戦の舞台としては迫力に欠けるが、ゲームではないのだからこういうものだろうと割り切って、ここにいるはずの人物を探す。
「……レオンは?」
『あそこ、前の方にいるよ』
ロキの声に反応して黒い竜巻の進行方向へと目を向けると、黒い靄に覆われた一帯があることに気付く。
まるで夜が動いているかと錯覚するような不思議な光景の奥に、幽鬼のような足取りでフラフラと歩く人影が見えた。
俺たちが黒い竜巻の中に現れたことに気付いていないのか、人影は前を見据えたまま世界樹に向かって歩いているように見える。
『コーイチ、今のうちに』
「あ、ああ……そうだな」
ロキに促され、俺は念のために影の海に残していたソラを引き上げる。
「遅くなってごめん、怖くなかった?」
「大丈夫です。信じていましたから」
ソラは気丈に笑うと、俺の背中にピタリと寄り添ってくる。
「それで、コーイチさん。レオン王子は?」
「あそこだ」
前方を見てソラが息を呑むのを見た俺は、彼女に今後について尋ねる。
「それで、これから俺たちはどうしたらいい?」
「は、はい、私をレオン王子のすぐ近くまで連れて行って下さい」
「すぐ近く……それって触れるぐらいの距離ってこと?」
「そう……ですね。額を合わせられるぐらいの距離です」
「それはまた……」
とんでもない高難易度のクエストだな。
「すみません……」
思わず絶句する俺に、ソラがこれから行うことを説明する。
「前にも話しましたが、今回の目的は混沌に囚われたレオン王子の魂を解放することです。そのためにはあの人の心にコーイチさんが直接触れる必要があるんです」
「そうか……俺が呼びかけるんだったな」
本来の目的を思い出した俺は、こちらを見向きもしていないレオン王子の後姿を見る。
「ウッ……ガッ…………ガァァ…………」
フラフラと足を引き摺るようにして歩くレオン王子は、苦しそうな呻き声を上げながら歩き続ける。
ここからでは見えないが、その先には混沌の勢力の目標である世界樹があるはずだ。
そこへ辿り着けば救われると信じているのか、レオン王子は一心不乱に歩き続ける。
周囲を見れば、この中にはレオン王子以外に敵がいる様子もない。
『コーイチ、ここはボクたちが』
「そうだな」
ロキの言いたいことを瞬時に理解した俺は、硬い表情のままのソラに話しかける。
「ソラ、俺とロキで道を切り開いてくるから……」
「私は安全なところに退避しています」
「危なくなったら大声で呼んでくれ」
「わ、わかりました」
頷いたソラが下がるのを見届けて、俺は一歩前へ進み出る。
「ロキ、行くよ」
『いつでも』
相棒の頼もしい回答に、俺は頷いて前へ一歩進み出る。
まずは何より、注意をこちらに向けることだ。
俺は大きく息を吸うと、
「レオオオオオオオオオオオオオオォォォン!!」
力の限り、レオン王子に向かって叫ぶ。
「待ってろ、今お前を助けてやるからな!」
叫ぶと同時に走り出すと、レオン王子が足を止めてこちらを振り返る。
「ウッ……ァァ…………」
呻き声を上げながら振り向くその目は一切の光はなく、窪んだ眼窩は暗く、霧のような黒い煙が漏れ出ている。
その顔に思わず慄きそうになるが、恐れることなくさらに叫ぶ。
「混沌なんかに負けるな! お前はそんな弱い男じゃないだろう!」
「ウッ……アッ……アアアアァ!」
必死に叫んでいると、レオン王子は緩慢な動作で腕を上げる。
「レオン、俺の声が……」
まるで握手をするかのように伸ばされた手を見て、思わず喜色の声を上げるが、
『コーイチ、来るよ!』
ロキの叫び声が聞こえると同時に、調停者の瞳が反応してレオン王子の手から放射状に赤い光が伸びてくる。
「クッ……」
一瞬、俺の声が届いたのかと思ったが、当然ながらそんな甘い話はないと思い直し、赤い軌跡から逃げるように横に思いっきり飛ぶ。
一瞬で危険範囲から逃れると、直後にレオン王子の手から黒い霧が発射される。
「な、何だ?」
『わからない。でも嫌な予感がする。絶対に触れないで!』
「わ、わかった」
ロキからの注意喚起に、俺は二度、三度と大きく跳躍して距離を取る。
発射された黒い霧は横への範囲こそ広いものの、射程距離はそこまででもないようで、暫く滞留していたもののあっさりと霧散する。
てっきり風に乗って流れて来るかと思って調停者の瞳で注視していたが、どうやらその心配はなさそうだ。
だが、
「このまま近付くのは避けた方がいいな」
『そうだね、まだ眠っているみたいだから、起こしてあげよう』
「ああ、そうだな」
俺はロキと顔を見合わせて頷き合うと、両手に半透明の鋭い爪を構える。
「レオン、悪いけどちょっと痛い目に遭ってもらうぞ」
そう宣言して、俺たちはこちらを敵として認識した様子のレオン王子に向かって突撃していく。




