音の波に乗って
俺の姿を見た砂漠イルカたちはしとしとと降る雨の中、再会を喜ぶようにくるくると周囲を回り出す。
「わっ、びっくりした……」
すぐ後から出てきたソラが、自分の周りで回り続ける背ビレを見て、不安そうに俺の背中に寄り添ってくる。
「コ、コーイチさん……この子たちは?」
「大丈夫、この子たちは砂漠イルカだよ」
「砂漠イルカって……あの?」
背ビレの正体を聞いてあの可愛いらしいフォルムを思い出したのか、ソラは安堵したように力を抜く。
「でも、どうして砂漠イルカがここに?」
「俺たちを助けに来てくれたみたいだけど、とりあえず話を聞いてみよう」
ひとまず状況を確認するため、俺は「ちょっといいかい?」と近くの砂漠イルカに声をかけて話を聞くことにした。
大まかな話をすると、砂漠イルカが来たのは世界を救うため……ではなく、餌をもらうためにカナート王国にやって来たということだ。
カナート王国の船を運搬する仕事をしている砂漠イルカたちは、毎日決まった時間にカナート王国に餌をもらいにやって来る。
今日もいつも通りの時間に餌をもらいに来た砂漠イルカたちであったが、いつも餌をくれる獣人はおらず、街や城といったあるべきものが全てなくなっていた。
ただならぬ事態を察した砂漠イルカたちは、普段は立ち入ることを遠慮しているカナート王国内へと足を踏み入れ、俺たちが宙を舞うのを見て、助けに来てくれたのだという。
「そう……だったんですね」
砂漠イルカたちの話を聞いた俺は、甘えるようにすり寄って来た一匹の顔を撫でながら微笑を浮かべる。
「ありがとう。あなたたちは勇気あるんだね」
「キュイキュイ!」
ソラの言うことを理解しているわけではないだろうが、砂漠イルカは嬉しそうに彼女の頬に頬擦りする。
「ハハハ、くすぐったいよ」
甘えてくる砂漠イルカを一通りあやしたソラは、こちらを見て難しそうな顔をする。
「それでコーイチさん、この子たちが協力してくれることはわかりましたが、下手に関わると危ない目に遭うだけでは?」
「うん、そうだけどね……」
地中を自由に動き回れる砂漠イルカではるが、あの黒い竜巻の影響は地下にまで及んでいるので、下から中に入ることはできそうにない。
「だけど、彼らが言うには俺たちをあの中に連れていく方法があるみたいなんだ」
「ほ、本当ですか?」
「うん、でも流石に中にまで付いてきてもらうのは気が引けるから、道を作ってもらうことにしたよ」
「道を?」
「そうだね、だからせっかく明るい場所に出たんだけど……」
そう言って俺は、ソラに再び影の中へ潜る旨を伝えた。
全てが終わったら砂漠イルカたちに盛大に肉をご馳走をする約束をして、俺は再びソラと一緒に影の海へと潜る。
周囲が漆黒の闇へと包まれると、俺のすぐ傍にキラキラと光る塊がやって来る。
『この光は、砂漠イルカの光だったんだね』
何かを訴えるようにくるくると回る光を見ながら、ロキが不思議そうに首を傾げる。
『でも、どうして砂漠イルカはいっぱいるのに、光は一つなんだろう』
「わからない……けど、俺の自由騎士の力が関係しているのは確かだと思う」
これまでも困ったときに、何かの力に惹かれるように動物たちが俺に協力してくれることがあった。
今回も砂漠イルカたちは自分の意志でここに来たと言っていたが、きっとアニマルテイムの力が働いたことは間違いないと思う。
実を言うと、この見えている光の砂漠イルカは、他の仲間たちに国の中に入ることを提案した個体で。これから自分たちが何をするのかの説明もしてくれた。
おそらくアニマルテイムの力が働いているのは、おそらくその一匹だけだと思われる。
だから俺にできることと言えば、見えない力に操られているとは知らず、無邪気に協力を申し出てくれた砂漠イルカたちの期待に全力で応えることだけだ。
「…………」
『大丈夫だよ。だからそんな顔しないで』
俺の表情から何かを察したのか、ロキが顔を近付けて頬をペロリと舐める。
『確かにボクたちはコーイチの力に呼ばれる時があるけど、ちゃんと自分の意志で動いているよ』
「……本当に?」
『本当だよ。皆、コーイチがボクたちのことをいかに想ってくれてるかも知ってるし、ボクだけじゃなく、他の動物も人と同じように接してくれるコーイチの優しさがとっても嬉しいんだ。だから、皆喜んでコーイチに協力しているんだよ』
「そうなんだ。ありがとう」
慰めるように頬擦りしてくるロキに礼を言いながら、俺はまたしても気を遣わせてしまったと申し訳ない気持ちになる。
もう既に何度も同じようなことを言われてきたので、ロキたちが心から協力を申し出てくれているのは、重々承知している。
だが、それでも……その言葉は、自由騎士のスキルによって言わされているんじゃないかと、心のどこかで思ってしまうのだ。
「……だけど、いつまでもそんな後ろ向きな考えじゃダメだな」
こうやって物事を悪い方向へ考えてしまうのは、俺の性分だからそう簡単に変えられそうにない。
だけど、思考は変えられなくても行動は変えられるはずだ。
俺はパン、と自分で両頬を強く叩いて気合を入れ直すと、ロキとソラの顔を見て頷く。
「それじゃあ、そろそろ行くよ?」
「はい、お任せします」
『いつでもどうぞ』
ソラたちの覚悟を確認をした俺は、くるくると回り続ける光に触れて話しかける。
「こっちの準備はできたよ。お願いできる?」
「キュイ!」
「キュキュゥ!」
「キュ~イ!」
俺の声に「任せて!」と歌うような声が聞こえると、その声に応えるように次々と砂漠イルカたちの声が聞こえてくる。
影の海に二つ、三つ、四つと光が増えると、輪を描いてくるくると回り出す。
「キュイ、キュ~イ!」
最後に最初の光から「頑張ってね」と声が聞こえたか次の瞬間、
「「「「キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェ!!」」」」
大音響が響いて耳の奥がキーンと耳鳴りがして激しい頭痛が襲い掛かってくる。
「うっ!?」
「あぅ……」
『く~ん……』
突然の大音響に、俺たちは揃って耳を抑える。
同時に、砂漠イルカたちが何をしたのかを理解する。
それはかつて地中に潜ったサンドウォームを地面からあぶり出すために放った超音波だ。
以前はサンドウォームを包囲してのそれぞれが独立しての咆哮だったが、今回は全員揃って一丸となっての咆哮だ。
その威力は以前の比ではなく、影の海に与える影響も絶大だった。
「コーイチさん、あれを……」
頭頂部の耳をパタリと閉じているソラが、前方を指差しながら必死に叫ぶ。
「前方の渦に異変が!」
「本当か!?」
その言葉に目を見開いて前方を睨むと、ソラの言葉通り渦の一部に歪みが生じているのが見えた。
最初はひび割れ程度の小さな歪みであったが、その歪みはどんどん大きくなり、やがて渦に穴が開くのが見える。
「コーイチさん!」
「ああ、わかってる。行こう!」
砂漠イルカたちが作ってくれた千載一遇のチャンスに、俺はソラと手を繋いで影の海へと飛び出す。
「おわっ!」
そうして飛び出しはじめてすぐ、背中が何かに押されるように加速する。
「な、何だ……」
『イルカたちだよ。あの子たちがボクたちの背中を押してくれているんだ』
「そうか、これで一気に渦を超えられそうだな」
砂漠イルカたちの手厚い協力に感謝しながら、俺は今や大穴となった渦を睨む。
気が付けば、あれだけ煩いと思った超音波のような音もすっかり消えてなくなっている。
全くもって何が起きたのかは理解不能だが、砂漠イルカたちの妙技ということで割り切っておこうと思う。
それより今は、目の前の世界を救う方が先決だ。
「レオン、今行くからな」
ようやくここまで辿り着いたと思いながら、俺たちは渦に開いた穴の中へと飛び込んでいった。




