翅に浮かぶ目
火炎瓶を投げると、芋虫たちの視線が一斉にそちらへと向く。
「よしっ!」
狙い通りの展開に、俺は弧を描いて飛ぶ小瓶を迎撃しようとする芋虫の背後へと近づき、背中に浮かんだ黒いシミへとナイフを突き立てる。
今度は易々と何の手応えもなくナイフが根元まで埋まり、続いて黒いシミから延びる黒い線に沿ってナイフを走らせて芋虫を両断する。
「次っ!」
倒した芋虫には目もくれず、小瓶が迎撃される前に一匹でも多くの芋虫を倒すため、俺は無防備な背中に向けて次々とナイフを突き立てていく。
魔物という生物は不思議なもので、優先順位の高い命令には逆らえないのか、俺が背後に近づこうとも、いくら仲間たちが倒されようともこちらには見向きもせず、火炎瓶を打ち落とそうと糸を吐き続ける。
ほどなくして、黒い模様目掛けて投げられた火炎瓶は空中で糸に絡めとられ、白い塊となって地表へと落下していく。
「……だったら!」
俺は残っている火炎瓶を一斉に取り出し、火を点けては次々と投げていく。
すると、火元に気づいた芋虫たちの意識が別々の方向に向かうので、俺は手当たり次第に敵を打ち倒していく。
四匹……五匹と確実に芋虫たちを倒しながら、俺は反対側の翅に向かったロキの様子を確認する。
「アオオオオオオオオオオオオオオォォォン!」
すると、雄叫びを挙げながら大量の芋虫たちをいともたやすく蹴散らすロキの姿が見える。
背中に乗るソラも、暴れ回るロキの上で必死にしがみついているが、その表情は意外にも余裕そうに見えた。
……あっちは問題なさそうだな。
こちらに比べてかなりの数の芋虫が削られているのを見た俺は、自分の仕事に専念しようと思う。
これまでいくつかの火炎瓶を投げてきたが、まだ巨大な蝶の翅に着弾した瓶はない。
直接翅に火を点けるという手もなくはないが、それでもし、蝶が火を消そうと容赦なく羽ばたかれるのも、芋虫たちの注意があまりこちらに向かれても困る。
「だけど……」
芋虫たちの特性はなんとなくわかったが、それよりも気になるのは、相変わらずこちらをジッと見ているような気がする巨大な蝶の翅の目のような黒い模様だ。
黒い模様を見せつけるように翅を広げているので翅の上部、三分の一の部分でL字を描くように曲がっている。
どうしてそんな変な姿勢を取っているのかすらわからないが、芋虫の様子を見る限り、あの黒い模様には何か特別な役割があるはずだ。
そっと腰のポーチへと手を伸ばし、残っている火炎瓶の残りを確認する。
「後、二本か……」
この火炎瓶をどう有効活用するかが、この上での戦いを大きく左右するだろう。
特に一本は確実に、あの黒い模様に叩き込みたい。
「……ふっ」
既に二十匹近くの芋虫を倒してきたが、幸いにも追加の芋虫が白い筋の中から現れる様子はない。
芋虫はまだ半分以上も残ってはいるが、火炎瓶をあちこちに投げた甲斐もあり、黒い模様までの道はできている。
「ここはちょっと、勝負をするところだな……」
右目に意識を集中させて調停者の瞳が発動していることを確認した俺は、残っている二本の火炎瓶の内の一本に火を点けて自分の背後に向かって放る。
同時に、芋虫たちの視線が一斉にこちらに向くのを確認した俺は、黒い模様目掛けて一気に駆け出す。
大丈夫、芋虫たちは俺のことを見ていない。
パッシブスキルである隠密性の向上が効いていることを願いながら、俺は芋虫たちの間を駆け抜けていく。
ちらと背後を振り返れば、火炎瓶は翅の上に着弾して、中の油へ燃え移っている。
火の勢いとしてはかなり弱火だが、それでも火災は火災だ。
芋虫たちは泡を食ったかのように消火活動をしようと、火元へ向かって移動していく。
やはりあの芋虫たちの最優先命令は、翅の上で起きたトラブルを解消することにあるようだ。
この最大のチャンス……逃すわけにはいかない。
芋虫たちのヘイトを買わないように最後の火炎瓶を隠しながら、俺は翅のL字に折れている付近までたどり着く。
「……ん?」
視界の上部から赤い軌跡が伸びてくるのに気付き、俺は反射的にその場から飛び退く。
すると、俺がいた場所に光が走ったかと思うと、次の瞬間に大きな爆発を起こす。
これまでの経験から確認より回避を優先すべきだと思っての行動だったが、どうやら正解だったようだ。
「な、なんだっ!?」
驚きながらも赤い軌跡が見えた方へと目を向けると、キラキラと光る何かが降って来るのが目に入る。
「こ、これは……鱗粉?」
確信があるわけではないが、反射的に口と鼻を覆う布に手を置きながら顔を上げる。
「――っ!?」
すると、黒い模様にこれまでとは明らかに違う変化が起きていて、俺は心臓が止まるかと思うほど驚く。
これまでただの黒い模様だと思っていた部分が真ん中から上下に割れ、中から生物の瞳が表れてこちらを見下ろしていたのだ。
「なっ、ななっ……」
まさか本当に目だったのか? と驚いていると、意外にもつぶらな瞳から赤い軌跡が伸びてくる。
「ヤ、ヤバイ!」
そう思った俺は今度は身を投げ出すように後方へ大きく飛ぶ。
次の瞬間、背後が大爆発を起こし、俺の体が爆風によって大きく吹き飛ばされた。




