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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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翅に潜む刺客

 浮遊感は一瞬、俺の体はすぐさま重力に引かれて落下を始める。

 つい最近も城の窓から飛び降りるということを経験したが、今回の飛び降りはその時の比じゃない。


「……くぅ!」


 気を抜けば意識を失いそうなほどの向かい風の中、俺は歯を食いしばって自分が着地する場所を睨む。


 流石に大きく羽ばたいている羽の上に着地するわけにはいかないので、狙うのは巨大な蝶の腹部だ。

 だが、巨大な蝶の腹部は広々とした翅と比べて細く、特に尾の方は人一人がギリギリ乗れるかどうか程度の幅しかない。


 ……果たして、無事に着地できるのか?


 もし、予期せぬ風が吹いて身体が流されたら?


 あの細い先端付近に降りて足を滑らせたら?


 必死に手足を動かして位置を調整するが、たった数センチの誤差が後に大きく影響を及ぼして、あの細い足場すらすり抜けてしまうのではないかという不安に駆られる。


「わんわん!」


 飛び降りる場所を凝視していると、ロキから「そのままで大丈夫」という声が飛んでくる。


「わんわん!」

「ああ、わかった」


 着地姿勢をという鳴き声に、俺は空中でくるりと回って風の精霊で保護されている足を下に向ける。


 大丈夫、ロキを……風の精霊たちを信じろ。

 多少の誤差があったとしても、その後差は風の精霊たちが修正してくれるはずだ。


 みるみる迫る巨大な蝶の腹部を前に、俺は鱗粉を吸わないように鼻と口を覆う布の様子を確かめながらその時に備える。



 次の瞬間、俺の足が巨大な蝶のクリーム色の腹部を捉える。


「――っ!? っと……」


 着地の衝撃そのものはそれほどではなかったが、着地した場所が思ったより柔らかくて、俺は前のめりに倒れそうになる。

 だが、その前に俺より先に着地していたロキが俺の前に立ちふさがり、その巨体で受け止めてくれる。


「わふっ」

「ああ、ありがとう。ロキ」


 ロキに礼を言いながら俺は、自分の周囲の様子を確認する。


 俺たちが着地した場所は、巨大な蝶の尾の付近……足場としてはやや余裕のある部位だ。

 巨大な蝶は俺たちが着地したことを察知していないはずはないが、本来の責務である鱗粉を撒くことに注力しているからか、動きにこれといった変化は見られない。


「ならばっ!」


 ここは先制攻撃のチャンスと、俺は腰のポーチから火炎瓶を取り出し、ベルトに擦り付けて摩擦熱で火を点ける。

 こんな狭い足場での放火など自殺行為そのものだが、自分の十倍以上もある巨大な蝶を倒すには手段は選んでられない。


 だから狙うは蝶の翅、そのできるだけ先端を狙うつもりだ。


 翅が燃え、巨大な蝶が混乱に陥った時に一気に頭部付近にまで近付き、バックスタブの効果が現れる場所を探し、致命攻撃を仕掛ける。

 そこから先は奴が死ぬか、こちらが死ぬかの忍耐勝負になるが、そこはいつも通り……出たとこ勝負だ。


「せ~の……」


 大きく振りかぶって投擲体勢に入ろうとすると、俺の手にしていた火炎瓶が突如としてパン、と乾いた音を立てて割れる。


「……えっ? おわっ、あちちっ!?」


 瓶が割れると同時に、中に入っていた油に引火して手が燃える熱と痛みに、俺は慌てて手を振って手の中のものを投げ捨てる。

 割れた火炎瓶は、火の軌跡を残しながら巨大な蝶の腹部の隙間から地表に向かって落下していく。


 そこで俺は、改めて自分がいかに高所に立っていることを自覚する。


「でも、一体……」


 何が起きたのかと確認しようと顔を上げたところで、


「――っ!?」


 俺は目に飛び込んで来たものを見て、思わず息を飲む。

 目に飛び込んで来たもの、それは青い空に浮かぶ巨大な二つの黒い目だった。


「いや……」


 それは正確には黒い目ではなかった。

 黒い目のように見えたものは、巨大な蝶の翅に付いた模様だった。

 あの何処を見ても目が合うような気がした不気味な黒い目のような模様が二つ、まるで俺たちを睥睨するようにジッとしていた。


「な、何だ……」


 二つの黒い目のような模様と目が合うということは、当然ながら巨大な蝶は羽ばたきそのものを止めているということだ。

 羽ばたきを止めても宙に浮かんだままなのは、どういうことだと思うが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「グルルルル……」

「ロキ?」


 ロキからの「気を付けて」という忠告に、俺は調停者の瞳(ルーラーズアイ)を発動させる。

 スキルが発動すると同時に、そこかしこから俺たちに向かっていくつもの細い赤い軌跡が伸びて来るのが見える。

 自分が置かれている状況を理解した俺は、隣のロキに向かって叫ぶ。


「ロキ、回避だ……前へ!」

「わん!」


 叫びながら前へ飛び出すと同時に、俺たちがいた場所に何かが降り注いでくる。

 ビチャッ、と粘性の液体のような音を耳にしながら落ちたものへと目を向ける。


「な、何だ……白いものが……」

「あれは……糸です」


 すると、ロキの上で休んでいるソラが、前方を睨みながら飛んできた物の正体を告げる。


「今のは蝶の幼虫が口から吐き出す糸です」

「幼虫の糸? ど、どうしてそんなものが……」

「それは、あれです」


 俺の疑問に、ソラはゆっくりと前方……巨大な蝶の翅を指差す。

 ソラが指差した先へと目を向けると、


「んなっ!? い、いつの間に……」


 巨大な蝶の翅の上に血管のように走る筋の上に、無数の芋虫がわらわらと蠢いているのが見えた。

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